歴史の勝利

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ヨハネス・フェルメール「絵画の寓意」

(9/15 痛恨です。作品名「画家」ではなく、「絵画の寓意」です。訂正してお詫びします。)

今回は趣向を変えて、先に絵画を紹介する。

フェルメールは、17世紀オランダの画家で、北欧のモナリザと呼ばれる「真珠の耳飾りの少女」の作者といったほうが有名だろう。

作品名の「寓意(アレゴリー)」というのは、絵画でしばしば用いられる手法で、あるものや事柄を象徴するアイテムを描き込んで、意味合いを連想させるというものだ。

わかりやすいもので、ドクロは「死」、狐は「狡猾」、天秤は「公正」など。老人は「時の流れ」と取るという趣深い物も有る。

掲載の絵では、フェルメールのトレードマークであるウルトラマリンの青い装束の女性が、歴史の女神「クレイオ」を指し、彼女が栄誉を表す月桂樹を冠している事から、「歴史の勝利」という寓意が表現されていることになる。

他にもたくさんの寓意を織り交ぜた作品であるが、私は画中の画家が、月桂樹を書きかけていることから、やはりそこが一番表現したかったように感じるし、そもそも「歴史の勝利」という言葉が好きである。

 

「歴史」・・・敬愛する田中芳樹原作「銀河英雄伝説」の登場人物で魔術師的傭兵家、ヤン・ウェンリーは、「人類の歴史はめくるページめくるページ戦争ばかり。戦争の歴史と断じても過言では無い。しかし、その合間にも何十年かの平和で豊かな時代は存在した。その期間の効用は、その1/10の期間の戦乱に勝ること幾万倍だと思う。」(2場面の会話を統合しています。)と語った。

 

歴史を鑑み、戦争が科学を進歩させたと主張する人は、自分か自分の身内を人体実験の検体として提供してくれればいいとして、戦争というものが、国々の成長の格差が縮むなか地位向上を求める運動から生じたもの、民族混合の再整理・宗教文化対立など、やはり避けられなかったものが多いのは確かだ。

 

前回投稿で、「平和学」というものの創設を提案したが、実際この考えには特別の思い入れが有る。前回は終戦記念日に間に合わせたくて、中途半端な提起になったが。

 

「平和学」という言葉や学問が実際有るのか調べてみたら、ウィキペディアに掲載されていた。※平和学 - Wikipedia

一部の大学では、講義に盛り込まれ始めているらしい。

でもまだ生まれたばかりの学問で、戦争の根絶や原因となる土壌の廃絶という、目的や概念については、おおむね似たようなものでも、アプローチの仕方は様々なようだ。

いくつか、ページをググってみたが、私の提案に完全一致するものはなかったので、改めて提起する。ただ、私は学者ではないので、いまのところ、いくつかのアプローチを提起する事はできるが、具体的な対応策はできていない。

自分でも答えを見出すよう努力するが、自分なんかよりずっと頭のいい人の目に留まって、この提案がヒントとなり、平和に向けての名案が生まれることを願う。

【前提】

第一に、これは、たいていの論者が納得しているところであるが、残念ながら、報道カメラマンがいくら命を張って戦場の悲劇を報道しても、「戦争→悲惨→怖い」では平和は保てない。実際の戦中派を親に持つことのできた私たちは、壮絶な地獄を口伝され、私は大の反戦論者になったが、今ではそんな戦後生まれの私でも、生きた化石だ。

次に、経済封鎖や村八分では、ひねくれ国家はまともにならん。100年前からやっている事は同じだ。

【アプローチ】

①紛争解決の手段として武力を使わない方法を考える事。

例えば、領土問題⇒国際裁判所に領土問題解決員会を設け2030年時点での実効支配地域をもって領土を線を確定。前提として「小賢しい揉め事は大人げないからやめようぜ。」という世界的意識改革が必要。

ならず者をまっとうな国家にする方法⇒とにかく過去の蛮行を不問とし、元首を国外に歴訪させ国際化し、徐々に国民を国外に歴訪させ国際化する。

宗教・民族、さらに移民等との対立を如何に解消するか?⇒これについては、具体案はまだない。

②戦争を必要とする立場の人々を利益誘導によって反戦化する。

軍産複合体や、日本の公共工事のように財政政策か政権延命措置を目的として定期的に戦争を引き起こす国に対し、なんとか代替案を提示し、平和の効用を具体的(数値的)に示し、平和の圧倒的インセンティブを示し、くだらないことをしていると思わせる。

(この第2アプローチは気に入っているのだが、今のところ、具体案が全くない。)

 

経済学は、ケインズ以降も進歩を続けている。

哲学ですら、新説が現れている。

平和学は、始まったばかり、戦争を回避する画期的なアイデアでも考えて論文を提出すれば、凡人でもノーベル平和賞を取れるかも。

 

DNAの交換の連続では、人類の進化は無かった。

言葉・口伝・文字・書物、これらがDNAに成り代わり、過去を未来に繋ぎ、過去の失敗を未然に防いだ。それが、人類の進化の本質である。

人類のみが異常な速さで進化(正しくは進歩なのだが)したのは、人類が「歴史」を持つことができたからである。

歴史の女神クレイオは、何をもって栄冠を頂いたのだろう。

積み上げた結果、人類は所詮戦争を避けることができない呪われた種族であると言う解答を得ることか?それとも蓄積された叡智の結晶によって、くだらない戦渦のループから抜け出す手法を編み出すという解答なのか?

多くの人は前者の解答を望むまい。

窓辺にしなやかに佇むクレイオが持っている大判冊子は「歴史」である。

その巻末は、後者の記述であることを望む。

 

世界平和という和氏の璧

韓非子 和氏篇の一説
 ストーリーはありきたりだが、日本語の「完璧」の語源となる話で、完璧の「ぺき」をなぜ『壁』と書かず、『璧』と書くのか、その由来だと聞くと、興味を持ってもらえるだろうか?
 
 春秋戦国時代は楚の国、文王統治の時、山麓で三日三晩泣き続け、血の涙を流している農夫がいると聞く。
 興味を持った文王が直接会いに行く。
 すると、刑罰によってそうなったと思われる、両足の無い農夫(昔の中国では、足を切るくらいの刑は普通だったようだ)が、小汚い岩を抱いて泣きじゃくっている。
 農夫が言うには、自分が抱いている岩はたいそうな宝玉の原石であるというのだ。
 中国では古来、原石を削って得られる貴石を『璧』と呼び、中でもくすみ・傷の無い『完璧』を所持していることは、天がその国の王の王位を祝している証と言われた。
 農夫は、前々代の王のとき、これを献上したが、宮廷付きの鑑定士が「これはただの石です。」といったため、王をたばかろうとした罪により、片足を切られた。
 王が代わって、鑑定士も代わったころ、農夫は再度原石の献上を試みた。しかし、またも「ただの石」と判定され、残りの足も切られた、という。
 
 文王は、鑑定を省略し、とりあえず原石を削ってみることにした。
 すると、これまでにない美しさと完成度を誇る璧が現れたという。
 
 この璧は、泣いていた農夫の名から「和氏の璧」と呼ばれ、伝説の璧として、その後中国の古典文学でもたびたび登場することになる。
 
 さて、最初に言った通り、ありきたりな話で、多くの人は、文王の慧眼を称え、歴々の鑑定士を蔑むであろう。
 
 しかし、これを、現在の世界平和や憲法9条と重ね合わせると面白い。
 すなわち、農夫が抱く原石は憲法9条で、そこに潜まれた『璧』こそは、世界平和ということだ。
 
 終戦記念日。官庁では、正午から1分間の黙祷をする。
 来庁者の人も、会話を止めて、協力してくれる。
 広島長崎は知っていても、沖縄、東京、大阪、他の東南アジアでの犠牲者にどれだけの思いを馳せることができたのだろうか?そもそも、私たちは戦後何年まで、その鎮魂の心を持ち続けることができるのだろう。
 残念ながら、どんなに風化を防ごうとしても、「先の大戦の結果を顧みて平和を守りたい。」という説明は、そのうち説得力を失うだろう。
 憲法9条は、悲惨な戦争の結果、その反省から打ち上げられた理想であることは否めないが、「先の大戦」とは切り離してそれを考える時期が来ている。
 
 憲法9条の批判には、主だったもので、以下のようながある。
①結局はアメリカの軍事力の傘下における平和にすぎない。
②ならず者がはびこり、世界平和を欲しない国が大多数の現状では、理想以外の何物でもない。
③自国の平和だけを望んでいても孤立する。世界平和に貢献してこそ発言力が得られるのでは。
④どうして、アメリカに押し付けられた憲法を守る必要がある?
 
④の反論はもともと嫌いであるが、「先の大戦」と切り離すという観点からも、議論の外でいいだろう。
①②については、「ごもっとも!」としか言えないのであるが、③については、武力の行使を「国際紛争の解決手段としては、永久にこれを放棄する。」と宣言している以上、わざわざ、よその国に、武器をもって介入するのは、やはり違和感を覚える。
 
 私は、長い間、大の反戦論者だったのだが、武力に代わり、ならず者を抑える手段が「経済制裁」しかなく、それをすると、首領は知らん顔で、その国の国民が苦しむだけだったという経験と、大の嫌われ者と思っていた北朝鮮が、意外と国交国が多く、核兵器の開発に成功し、いよいよ世界への発言権を得たという2例から、自信を無くした。
 日本の理想は早すぎたのではないか?武力(国外に派遣できる)の無い国には、世界平和を叫ぶ前に発言権がないのでは?
 
 でも、だからと言って、今の世界に合わせて、武力を海外派遣させようとする動きや、核兵器禁止条約に反対することは、とても納得いかないのだ。
 
 私の乏しい知識では、上記の①②の問題を解決する秘策は思いつかない。
 ただ、大戦前から使っている「経済制裁」という名の村八分では、問題は解決しないのだ。なのに、なぜ100年経っても、やっていることは同じなのだろう?
 私は、大学で経済学を学んだが、聞くところによると、経済学という学問は、比較的新しく歴史が浅いらしい。ノーベル賞ができたのも1968年だとか。
 しかし、学者も国家もこぞってこれを研究し、血眼になって、万民が幸福になる世界を追及し続けている。
 
 平和に関しても、ノーベル平和賞があるわけだが、その受賞理由が批判されることが多い。歴史の浅い経済学でさえ、ちゃんと実効性がある研究が評価されるのだ。
 平和賞だって、恒久的世界平和に向けて、例えば「経済制裁」が効かなかった場合の国際紛争の解決方法を考えつくなどが、評価されるべきではないか?
 私は、これを「平和学」と呼び、国際紛争の解決策について、経済制裁武力行使以外の方策を研究する学者が、食べていける程度の社会整備がされ、将来的には、大学生が学ぶ時代が来ることを望む。
 
 そして、いつか両足を切られても、9条を抱きながら泣き続ける、私たちの国に「よく守ったね、もう武力の必要な時代は終わったよ」と言ってくれる人たちが現れることを望むばかりである。
  

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アテネの学堂』ルネッサンス3大巨匠のひとり、ラファエロ・サンティの傑作

 中央のプラトンアリストテレスを始め、当時知られていた著名な賢人・哲学者・科学者が同時代に勢ぞろいした設定の学堂を表している。

 もしこの光景が実現するなら、世の中の大概の悩みや問題は解決しただろう。

 日本の抱えた和氏の璧は、アテネの学堂でも解決できない厳しく辛い道のりなのかもしれない。しかし、少なくとも、私が、この絵画の中心に立ち、「どうすれば、国際紛争の解決策から、武力を廃絶できるのか?」と尋ねれば、半裸で寝転がっているディオゲネスですら、座って議論を始めるだろう。

上杉鷹山

 

 「為せば成る」は普通に使われる慣用句。時折丁寧に「為さねば成らぬ何事も」と続ける方もいるが、「成らぬは人の為さぬなりけり」と続けられる人は、なかなかの通であろう。私の父は、それが極貧の米沢藩を救った名君、上杉鷹山の言葉であることを知ってか知らぬか、酔っぱらうとその下の句を満悦に唱えた。

 おかげで、小学生にして、鷹山には、心惹かれるところ多く、信奉していた。

 知る人ぞ知る、炭火の話をしたい。

 関ヶ原で敵側に加担した上杉家は、肥沃な新潟から従者(従業員)の数はそのままで、年商半額の米沢藩に転封される。

 折しも、当時の米沢藩は飢饉に見舞われ、極貧で皆が希望を失っていた。

 その光景を目にした着任したての藩主、上杉鷹山(当時は改名前で、治憲)とその一行は、暗澹たる思いで愕然としたという。

 しかし、鷹山は、廃屋のくすぶっていた残り火を見つけこれをかざし、「まだ火は残っている。今は、ちっぽけな火種だが、使いようによっては大火となろう。我に策有り、火種を絶やさずしばらく耐えよ。」と檄を飛ばした。

 数年後、米沢藩は財政再興を果たし、他の模範となる豊かな藩へと変貌する。

 

 もう15年も前になる。

 私の役所は、ある行政手続きを電子化するため、ネット上で申請書を作成できるシステムが開発された。役所を明かすのは、不本意なのだが、話の展開上必要なので、その行政手続きを「確定申告」という。

 私は、何の因果か、国税の電子機器・システムの開発を取り仕切る部署に2年間出向していたため、転勤先で、当然のごとく、この「確定申告書作成システム」の普及のプロジェクトチーム(PT)に組み込まれた。

 しかし、PTの方々は、機械には多少詳しいようであったが、その雰囲気は、鷹山が赴任した時の米沢藩の様だった。

 実はこれに始まらず、国税は何度か申告手続きの機械化を検討し、いろんなチャレンジがされていたが、納税者は、自力で作ることを怖がった。

 「自分で作って、間違っていたらどうしよう。とにかく一時度税務署の人に見てもらいたい。いくら自動計算システムがあっても、自分で打つのは嫌だ。」なのだ。

 しかも、新システムはあまりにセキュリティが堅牢であったり、初期設定が複雑であったり、とても、納税者に操作できる代物でなかった。

 

 しかし、私は知っていた。国税当局が望む未来を。平成15年に電子政府構想が打ち出されるずっと前から、確定申告相談を機械化すること。少なくとも税務署に来られた方については、ATMのように無人対応になることを企図していたこと。

 などというと、すぐに「老人や障害者はどうするんだ?」という声を上げる人がいるが、今、15年前に比べ、「確定申告書作成システム」は高校生レベルでも、自力で自宅で作成できるレベルまでが平易になったにもかかわらず、税務署に殺到する相談者は、いまだ多い。

 私たちは、老人や障害者を切り捨てる気など毛頭ない。「打てる人が打ってくれたら。作れる人が作ってくれたら。税理士に頼める人が、頼んでくれたら。」本当の社会的弱者に手を差し伸べる時間ができるのである。

 

 話がそれてしまったが、15年前、そういった当局がその数年前から嘱望し、全力をもって実現しようとしている未来を見てしまっていた私は、やる気のなかったPTのメンバーに、前述の鷹山の話をし、「今は始まったばかり。新しいシステムはいつも扱いにくいものだ。火種をそっと心に灯し続けて、いつか良くなる、その内誰にとっても当たり前のものになる、これを信じましょう。」と言った。

 それから、数年、夢想的な未来を想像できず、多数の人の反感を受け、アウェイな時期が続いたが、いくつの灯(ともしび)が残ることができたであろうか?

 しかし、現状、来署者の70%以上が、自分でパソコンを操作して、申告書を作っている。自宅から提出された申告書のほとんどが、会計ソフトか、当局が提供する「確定申告書作成システム」による印刷提出だ。

 結局は、霞が関の指令が大阪本店(天満橋)を通じて徹底され、現場指揮官が四の五の言えなくなって突き進んだ成果であって、私たち黎明期のメンバーなど眼中にに無いと評されるだろうが、私は、転勤の先々で、指揮官の指名を受け、推進の矢面に立ち続けることができた。たぶん灯(ともしび)をしつこく握っていたからだろう。

 おかげで、後続する人たちに理想を語り、火種を分け続けることができた。

 来年からは、悪名高き、電子証明書添付義務が解除され、自宅でゆっくり作った申告書を電信で届けることができる。

 パソコンを知らないモバイル世代(そんな世代があることを最近知って驚いたが)に対応したインフラ整備も完成間近だ。

 電子申告のさらなる普及と発展が楽しみである。

   

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エドゥアール・マネ作「フォリー・ペルジェールのバー」(1882年)

 19世紀末、写真の出現とともに閉塞感を増す絵画界において、多くの画家が「道」を模索し続ける。その多くは、後にその因習から完全に解き放たれ、自由の翼を存分に広げる「印象派」以降の作品の発火点となる。

 その中でも、マネの革命的でセンセーショナルな作品は、当時まだ若手であった印象派のメンバーに絶賛され、兄と慕われる。

 まさに、マネは、印象派にとっての火種になったわけであるが、私は、彼を有名にした「草上の食卓」や「オランピア」といった、問題作を推奨しない。

 この絵画は、印象派が立ち上がった10年近く後に描かれているが、私が注目している事項は、「草上の食卓」でも現れ、印象派もそこに注目している。

 女性の後ろは、鏡に映った鏡像という設定であるが、女性の後ろ姿の角度が、まったく合っていない。

 これこそが、絵画にとって重要な部分。「そう見えるからそう書いた。その角度が気に入ったから同時に書いた。」だ。

 この火種は、印象派も伝承し、マティスピカソへと続いていく。

 

巧詐(こうさ)は拙誠に如かず

  「韓非子 説林上」に掲載されている逸話。息子を殺されても主君のために戦った将軍は忠信が巧妙すぎたことが仇となり、翻意を疑われ、小鹿を哀れんだ凡庸な家来が重用される。というもの。

   才、運足らず、出世が遅れている私などは、つい後者の事例にあやかりたいと考えてしまう。


     さて、今回は、現代社会にこの逸話について考えさせられるケースがあったという話。


     息子の通う人文学部という学部は、私はよく知らない学部だったが、人間とういうものを観察してそこから何かを得ようという学問らしく。ホスピタリティ(もてなし)の研究もその一つのようだ。

 ある日、そのホスピタリティとやらについて、息子と話した。

 彼が言うには、日本の神社が、高いホスピタリティを提供している一例だという。外国人向けに英語のアナウンスを流したり来訪者に便宜を図っているなど。

 しかし、私は、ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂を訪れた時のことを思い出した。

 入る直前、礼拝堂内での作法について、多言語のアナウンスが流れてきて、日本語のアナウンスも流れて来たことを思い出す。日本人もよく来るのかなと言った面白みは感じたが、これからヴァチカン芸術を堪能しようとするところに、飛んだ興ざめだった。

 娘と美術館に行った時、無駄に詳しい私は、良かれと思って説明していたら、「素直な気持ちで観たいから余計な説明は要らない」と言われた。

 日本の寺社仏閣は、その建築様式がすでに芸術だ。アナウンスは時に邪魔になる。

 過剰な接客の要不要は常に議論の的だが、私は、行き過ぎたサービスに対しては懐疑的な方だ。

 

 その頃、息子は大阪駅前の結構人気の有る洋食店にバイトで行っていた。立地もムードも良く、連日大盛況で大忙しだったらしい。

 しかし、そんな中でも、処遇・接待については非常に厳しかったという。机の上はもちろん、椅子の下まで注意し、決して客の手を汚したりわずわせたりしない事が徹底され、更に食事の進み具合やグラスのドリンクの残量を観察し、さりげなく追加注文の有無を尋ねたりと、なかなかの気遣いである。

 ただ、残念なことに、ドリンクは逸品だが、料理は三流だったらしい。

 

 彼が、そのバイトに疲れを感じ始めていた頃、近所にちょっとした日本料理店が開業することになり、オープニングスタッフを募集していた。

 オープニングスタッフの経験は、就活を控えていた彼にとっても必需品だったので、前述のバイトの後釜にもなろうかと、応募したら、喜んで迎え入れてくれた。 

 ところが、ここの主人とその妻が、ビックリするほど、接客の知識がなかった。

 せっかく良い食器を持っているのに、洗い方や置き方が雑。グラスが飲み物に合っていない。立ち位置、座席案内、オーダー受け、バッシング、会計、洋風和風の違いもあろうが、そもそも最適を目指したルールが存在しなかったという。

 しかし、主人はとても人柄も良く、料理は抜群に美味かったという。

 私は嬉しくなった。私には、息子の言う接客ルールの必要性は感じられなかったから、世の人は、「少々不味くても、計算されたホスピタリティとやらと、未熟でサービスは拙いが、腕の良い料理人。」どっちを選ぶのか?面白い実験材料に思えたのだ。

 息子も私の興味に共感してくれて、観察に力を入れること約束してくれた。

 

 就活等の都合も有り、観察できたのは3ヶ月ほどだったが、結果はある程度集約できたという。

 日本料理店については、主人は料理しか出来ず、奥さん(女将さん)は大学生の息子より世間を知らず、頭を下げることを知らなかった(妻も実際に会ったが、誇張では無いようだ)という。結果、匠の技は、逸品はおろか良品とさえ評価されず、ただ、出てくるのが遅いのと、無駄に高いという印象しか与えられなかったという。

 宅配ピザの配達員でさえ礼儀に厳しいおり、1時間、場合によっては数時間滞在する飲食店において、ホスピタリティがゼロというのは致命的だったろう。

 一方、洋食店の方は、もともと数年営業しているのだから有利なわけであるが、最近、系列会社から派遣されてきたマネージャーが異常に接客重視で、あまりの厳しさにバイトが辞めてしまい、その分を厨房から引き抜いて補おうとしていたらしい。

 接客担当は、忙しいながらも、厨房がサーブしてくれるから成り立つ職業であることを十分に理解している、如何に計算されたホスピタリティをもってしても、程度を超えた待ち時間や、粗雑な成果物の提供が横行してはフォローすることはできない。続けて行けば破たんは免れないだろうと、さらにベテランが何人か辞めてしまったらしい。

 

 冒頭に挙げた韓非子の逸話には、韓非子らしくなく、その者の質実(実績や実力)を問うところがない。

 息子の通った両店の観察結果から思うところは、まず「誠」有りき、「技」有りき。しかし、それだけでは埋没する。その「誠」と「技」を損なわない範囲でホスピタリティも不可欠。ということになろう。

 人は情によってのみ動くわけではないが、情の無いのは、誠がないということで、結局は信頼されないということだ。

 

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 「印象派」の語源となった、クロード・モネ作「印象 日の出」

 19世紀末、カメラの出現により、被写体を精緻に描く技術は、一部の天才や努力家のものではなくなった。

 しかし、時同じくして、「光・感情・印象・雰囲気」なるものを瞬時に捉え、キャンパスに残そうとする人々が現れ始めた(当時のカメにはできないことだ)。

 早書きで稚拙に見える印象派絵画は、発表当初は酷評をうけ、今でもあまり好まない人も居るようだが、当然のことながら、彼らにはしっかりとした「技」が有り、光を追う姿勢においては、「誠」も存在していたように思う。

教育は国家百年の大計2 選挙権

  「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。(憲法41条)」
 私のお気に入りの条文の一つだ。
 憲法に関する記述の多くは、日本国憲法の三本柱の一つ。国民主権(主権在民)は、憲法の前文で示されているという。
 憲法の前文は宣言である。多少拘束力は持つが、具体性を欠く。そんな所信表明のような、「つもりです発言」に載っているなどと言っているから、この憲法の素晴らしさを知ることのできない国民が増えるのだ。
 私は幼少の頃、よく新しい遊びを思いつくので、友人たちには重宝された。しかし。その新しい遊びは、人数が増えるごとに、ズルや不公平が生じ、新しいルールの設定が求められた。
 遊びの発案者として、私が考えることも多かったが、私より上の実力者がいて、そいつが決めることも多かった。もちろん相談で解決する事も有った。そして漠然とした感覚では有ったが、自ずと、ルールを決めるものが、人であろうとシステムであろうと、最高権力であると悟った。
 そして、この41条を初めて読んだ時、その悟りを代弁してくれた、一行足らずの条文に戦慄を覚えたのである。
 教師は、憲法の前文を暗記させようとしていたが、私にとって、主権在民は41条に有った。正しくは、その国権の最高機関の構成員を選出する権利は、国民固有の権利とする憲法15条「選挙権」とセットでなければいけないのだが、宣言なのか理想なのかよくわかならない御託を並べている「前文」よりも。よほどはっきりしていて、何よりイサギが良かった。
 後年、韓非子に出会い、法を基軸とする国家運営を学ぶと、ますますあの時の戦慄は正しかっと感じられる。
 
 選挙権も18歳以上に引き下げられたことだし、中高の教育で、あるいは、国の成り立ちを教える段階ならいつからでも、主権在民は、憲法の中で「宣言」されているだけではなく、条文に明確に定められていることを教えて貰いたい。
 
 ところで、主権在民(民主主義)には一つ条件が有る。
 有権者が、一定の知識を持ち、主権者としての義務を怠らないことである。
 トランプ大統領を始めいくつかの例で、無能な有権者が、雰囲気に呑まれて、正確な議論をしていないという、いわゆる「ポピュリズム」が問題視されているが、それでも国民が自由意志で選挙権を行使できていて、実際投票率が上がっているなら、それでいい。
     問題視する者の声が聞こえてこない国(結構存在しているが)や、選挙権の価値が失われて行く方が問題だ。
 
 ある出来事を知った時から私は国政選挙はもちろんのこと、なるべくどのような選挙にも投票に行くようになった。
 
 激しい虐殺合戦が続いたカンボジア内戦を見かねた国連が、各勢力の間に割って入り、休戦合意と普通選挙の実施に漕ぎ着けた。その監視役として国連が派遣したのがpeace keep organization (国連平和維持活動)=PKOだった。
 各国から日本からもPKOに参加する人たちがいた。
 しかし残念な事件が起きた。
 1人の学生と文民の警察官(自衛隊員ではなく、武器を持たない普通の警察官)が、休戦合意に不満を持つ勢力のポル・ポト派によって殺害されたのだ。
    強引に平和貢献のためといい、人を出したために日本人が死んだではないかと世間の人達は国の姿勢を批判した。
 しかし、彼らが守ろうとしたのが、日本人には意識すらされていない「選挙権」ですよ、と報道してくれるチャンネルは無かったように記憶している。
 
 元大阪府知事大阪市長橋下徹は、大阪府民を二分する、大阪都構想が、住民投票の結果、49:51で否決された時、「これだけの大戦をして、一人の死人も出ない。民主主義って素晴らしい。」と語った。
 
 私の子供達も、特に息子は18歳になって、初に施行される選挙に参加する機会があったので、必ず投票に行くよう勧めた。
 別に理由は聞かれなかったが(小さい時から親が行っているから、格別疑問は感じないらしい。)、聞かれた時の答えとして用意していたものを、ここに掲載する。
 
①選挙権を行使するには一定の知識が必要だ。その知識を備えることは、民主主義における主権者の義務であり、必要なコストだ。
②日本の選挙権は、先の大戦における、国内350万人、アジアで1000万人の屍の上に成り立っている。
③年代別など何らかのカテゴリーで投票率を分析すれば、当然投票率の低い高いが現れ、高投票率のカテゴリーに合わせた政策(例えば若年層の投票率が上がれば、若年層に合わせた政策)が優先される。
 
 勉強不足で、選べなかったとしても、勉強はしたが、自分の考えを代弁してくれる人はいなかったとしても、消去法で「こいつだけは嫌」「だからそれ以外で一番若い人にした」でいいのだ。
 自分の属するカテゴリーの投票率を上げれたら。まずそこからなのでしょう。
    この簡単なロジックを是非、学校でも家庭でも、教育に取り入れ、有能でなくても、民主主義を支えるに足る有権者を育てて欲しいものだ。
 
 最後に
 第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は,国民の不断の努力によつて,これを保持しなければならない。
 
 憲法は主権者を拘束する法律であると以前語った(マグナ・カルタ参照)。
 この12条は、我々国民に課せられた義務なのである。
 

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ルーベンス「パリスの審判」

 トロイ王の息子パリスは、二男であったこともあって、のんきに羊飼いをしていた。

 しかし、美しさを競い合ったギリシャ神話の三女神、ヘラ・アテナ・アフロディーテのいざこざに巻き込まれて、誰が最も美しいかを判定させられる。

 三女神は、それぞれ「地位」「勝利」「愛」を与えると約束し、パリスの投票の証である黄金のリンゴを得ようとする。

 そして、パリスは、愛を約束したアフロディーテを選択し、リンゴを渡す。

 

 フランダースの犬で有名なルーベンスだが、人体描写にしわが多すぎるので、あまり好みではない。トロイ戦争のきっかけとなった神話で、多くの画家がモチーフにして描いているので選択肢は有った。吟味した結果、結局これが一番良かった。悔しいが、常に検索一位に立つだけのことはある。

 

 

 

 
 
 

善く吏たる者は徳を樹う

 4月に入ってから、ある事案をきっかけに上司との関係に小さな亀裂が入り、修復を心掛けて、細心の注意を払っていたのだが、5月の連休明けの事案で、決定的なミスを犯し、とうとうキレられてしまった。
 おかげで、とてもふさぎ込み、ブログのほうは更新する余裕がなかった。
 あまり職業を特定されたくないのだが、話の流れ上必要となるので説明しておくと、私はある国の機関の木っ端役人をしている。
 現在の上司とは昨年の異動で配下に付くことになったのだが、いわゆる体育会系の上に、我が組織の特殊強襲部隊に所属していた経緯もあり、残業はもちろん、昼抜き、休日勤務も屁の河童、WLB(ワークライフバランス)などくそっ喰らえというような方で、「役所のような公共機関は、時短においてもWLBにおいても、社会のメルクマール(模範)として、最先端を進むべきだ。」と考える文系色白役人の私とは、水と油な関係だった。配属当初から、「これは合わん。」とお互い思っていたであろうが、そこはお互い50歳前の大人なので、正反対の意見が出ても、どちらかが引いて合わせてきた。
 正直言って、現場の彼の実力はピカイチであった。
 法律の方はあまり得意ではないようだが、現場での情報収集・確保については抜かりはない。特に驚かされるのは、情報技術(いわゆるIT)が秒進分歩のこの時代に、新しく開発された情報収集技術を即座に会得して行くところだ。
 彼の方も、私の知性派的なところには敬意を表し、お互いにリスペクトし合って、良好な関係を続けていた。
 
 しかし、どうしても相容れることができないところがあった。
 それが、彼の言う、「自分たちは役人であり、調査をする権利があり、国民はこれ受忍する義務が有る。」という考え方だ。
 連休明けの決定打となった原因も、彼の指令した情報を私が持ち帰らなかったため、「上司の命令不服従」(国家公務員法98条であることはきっと知らない)だと、声を荒げて怒り散らしたわけだ。
 めんどくさいので、その場で弁解はしなかったが、その情報は、極めて複雑な情報で、整理した回答表でも作らない限り、容易に得られるものではないと判断したのだが、彼の考えでは、その整理表も、相手が作ればいいということになるのだろう。
 彼には彼の目標があり、今度の事案は、やや特殊なもので、これを基に、新たな手法を編み出すことも視野に入れているようだ。私とて、木っ端とはいえ役人の端くれ、そのことは理解しているし、国益に利するとあらば公務に服す。しかし、相手の方は、それに付き合う義務はない。
 
 役人の権限を拡大解釈して、相手に無用な負担を負わせることは問題があると考えずにいられない。役人の権限に対する彼の誤解は、役人という仕事を多少なりとも誇りに思っている私にとっては、看過できない。
 役人の権限とは、法治国家における担保(法律を守る者がバカを見ないという保証)として役人が存在する事に由来する。そのバックボーン有っての権力なのである。役人だから権力があるのではなく、真面目な国民のために権力を付与されているのである。前述したような、傲慢とも取れる考え方は、本店の特殊部隊なら通用するかもしれないが、支店の木っ端役人が吐いたら、たちまち大炎上である。
 まあ実際、大炎上したという話を聞かないところを見ると、酒場で息巻いているだけかもしれないが、その方が却って悪質だ。
 
 ここで一つ、韓非子から逸話を紹介する。
 役人たるもの、こうあるべき。と信じさせてくれた逸話であり、時折、新入社員に聞かせることがあるお気に入りの逸話です。
 
韓非子55篇 外儲説篇】
 孔子の弟子の子皐(しこう)が衛の国の裁判官をつとめていたとき、一人の男を足切りの刑に処した。刑を終えた男はやがて城門の番人にとりたてられる。
 
 その後、衛の国に内乱が起こり、身の危険の迫った子皐は城門から脱出しようとした。すると、くだんの番人に呼び止められ、地下室にかくまわれて事なきを得る。子皐がわけを尋ねたところ、番人はこう答えたという。
 
 「わたしの罪はのがれようもないものでしたが、あなた様のお取調べの時、なんとか罪を免れさせてやろうと一所懸命のご様子でした。また、罪状が確定して判決を申し渡される時には、いかにもつらくてならんといったお気持ちがありありと見て取れました。あのときから、わたくしはあなた様を徳としているのでございます」
 
 のちに孔子はこの話を聞いて、「善く吏たる者は徳を樹う」と語ったという。
 
 いかにも徳を重んじる孔子の言で有るが、重要なのは、この逸話が、論語に掲載されているわけでなく、法家の韓非子によって紹介されていることである。
 すなわち、その心は、「上に立つ者には「徳」が必要だ」などという解釈ではなく、法を執行する者の姿勢を説いているのである。この話が、役人に優しさ(徳)を求めているものなのであれば、足を切らなければよかったのだ。
 法が無味寒村とわかっていても、執行官が、余計な裁量(去年の流行りで言う所の忖度)を挟まず、ただ法にのみ忠実であったからこそ、罪人は法に則り罰を受け入れ、役人を恨まなかったのだ。
 
 役人には、本来ノルマというものはない。ただ情勢に応じ処理しなければならない、要処理件数というものは存在する。あるタイプの不正を、社会的影響が及ぶ程度摘発すれば、そのタイプの不正は抑制される。という計算だ。
 しかし、思惑通り不正摘発件数が伸びないこともある。
 それが担当者の責任であるか指令した上官の責任であるかはケースバイケースだ。
 50歳前で、ヒラの私でも、現場の踏み込みが甘かったと反省することは多い。
 しかし、時々そういうことが続くと、日大アメフト部のような、「待て、待てえ」と言いたくなる指令が飛んで来る。
 民間で営業している人たちの話を聞いていると、もっと厳しく露骨だそうだが、役人の世界では、ご法度でしょうと思う。
 そんな理不尽な命令を受けたくない一心で、善吏たるには実力がなくてはならないと、調査技術を磨き、人に劣る事績とならないよう頑張ってきたが、本店しごきのムキムキマッチョには勝ち目なく、軍門に下るより他はなさそうだ。
 さて、どこまで善吏の矜持を守りきることができることやら。
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「夜警」 知る人ぞ知るレンブラント・ファン・レインの代表作ですね。

 バックブラックにライトアップされる人物像は、レンブラント特有の輝きを放ち、絵画の中に、初めて「光」が持ち込まれたバロックの象徴といえます。私が絵画に興味を持ち始めるきっかけとなった一枚でもあります。

 有名な逸話ですが、夜警と言っても、実際には昼間の光景だったのが、保存状態が悪く、黒ずんでしまったため、「夜警」という名がついたそうです。

 登場人物は、中世の商業都市アムステルダムで組織された、とある「自警団」であります。

 社会が勃興すれば、ルールが必要になります。つまり法です。

 法あるところ、法を守る者と、守らない者が現れ、それを守らせ公平を保つ組織が必要となります。

 肖像画の自警団は、勇ましさを強調して描かれているようですが、当時はその権限を利用して、よからぬことに行っていたという噂があり、レンブラントはそのことをさまざまな寓意画(何かを象徴すること物を描きいれ、思いを差し込む手法)を差し込んでいるといわれています。

 
 

 

マグナ・カルタ

高校くらいで習うのだろうか?言わずと知れた、世界最古の憲法である。

習ったころは、受験のための暗記用語の一つくらいの意識だったが、30歳を過ぎて、立ち読みした本(痛快!憲法学:小室直樹著)から、この法典が、世界最古の憲法と言われる本当の理由を知り、それ以来、歴史上の人物のように、この法典がお気に入りである。

 

そもそも、憲法とは何か?

私のそれまでの知識では、「法律の中の法律」「国のあらましを宣言したもの」といった感覚で、漠然と「法律の中で最も強い法律」と考えていた。

確かに憲法はその国の最高法規であり、これに反する法律は無効である。

しかし、その知識だけでは、憲法の本質を理解しているとは言えない。

憲法とは何か?

憲法とは国家権力を制限もしくは統制するために存在する。

現行の日本国憲法では、国民の義務や権利について記述されているところが多く、国民に対して義務や権利を示した法律であるかのように勘違いされがちであるが、憲法とは国家権力に対して、権限と義務を指し示しているものである。

 

立憲主義」と呼ばれるこの考え方は、憲法を議論する上では絶対不可欠な認識なのだが、私は、大学でも職務上でも、何度となく憲法を学んで来たが(それこそ砂川事件などディープな話まで)、30歳になるまで 、その立憲主義という考え方を知らなかった。そして、その後も、護憲派的な情報番組でコメンテーターがたまに発言するのを聞く以外、全く話題に上がることはなかった。

年に四、五回は、憲法改正を巡る話題が取りざたされるのに、こんな根本原理が無視されていて大丈夫なのか不安になる。

 

表題のマグナ・カルタは、そもそも、1215年、時のイングランド王ジョン王に対し、統治を受ける貴族や地主が、王の権利の濫用を防ぐために、その権力の範囲を規定し、権力を制限するために作成されたものである。

(参考:このページが詳しいhttp://www.y-history.net/appendix/wh0603_2-007.html)

その後、アメリカ独立宣言、アメリカ合衆国憲法の起草においても多大な影響を及ぼし、我が国の日本国憲法においても、立憲主義の理念は脈々と引き継がれてきた。

私が、マグナ・カルタが大好きでたまらないのは、別にその六十数箇条を全て把握している訳ではないが、それが、現代の余計な修飾がなく、国家権力を統制するという、憲法の純粋的な目標のためだけに作成された、いわば憲法のアーキテクト(ゼロ号機的存在)であるからである。

 

遅れる事400年、同じイングランドからトマス・ホッブスが登場、人類社会における国家権力の必要性を唱えつつも、その著書の題名「リヴァイアサン」は、伝説の怪物の名であり、国家権力を歯止めなく認めると手のつけられない怪物となる事を示した。

 

国家権力には、憲法という鎖が必要なのである。

 

国民が、治安や国際情勢の不安から、より強力な国家権力を求めるのであるならば、鎖を緩めるのも、正しいと言えば正しいが、今のように、内閣総理大臣や一部の政党から言い出すのは、本来筋が通っていないのである。彼らは、言ってみれば、マグナ・カルタ制定時のイングランド王(ジョン王)の立場であり、「どの口がいうとんねん!」という話なのである。

それでもまあ、自民党は、この国の本当の自主独立のため、自主憲法を欲するのが党是であり、それに賛同する者が集まっているのだから、改憲を望むのも一つの考えと認めましょう。

しかし中身もろくすっぽ理解していない有権者に、「アメリカに押し付けられた憲法なのでダメな憲法」という触れ込みで宣伝するのはやめてほしい。

日本国憲法の起草原案の出所については諸説あるが、当時において近代の憲法理想の結実とも言われるワイマール憲法に、更に平和主義を付け加えるという、ウルトラC的進化を遂げた、最も成熟された最新型の憲法であったことは、疑う余地はない。ただ最新型過ぎて、考え方が終戦時か終戦時以前の状態のまま70年以上遅れている諸外国とは、折り合いがつかないのだ。

古いのは日本国憲法ではなく、いつまでも武力を最上の解決策と信じている世界の大半の人類なのである。

 

ただ、どっちが遅れていようが進んでいようが、現時点で齟齬があるのなら、憲法改正が本当に必要かどうかは意見が分かれるところとなるだろう。

しかし、少なくとも「立憲主義」の考え方からすると、単に国民に行政の長を付託されたに過ぎない臣下である総理大臣や一部の政党が、己がやりたいことがあるだけで、国権のなんたるかを定義し、自分たちの暴走を抑えるために存在する縄をほどけというのなら、

「私達からこんなこと言える立場ではないのですが、これ以上、諸外国になめられるのは耐え難いので、この手錠を外してくれませんか?」

「その昔、西欧の力に屈しないためだったとは言え、国民を騙し、支配地の庶民を虐げ、自国だけで350万人、アジアに1000万人の死者を生み出す大惨事の原因となりましたが、今度はうまくやりますから、いい加減、縄を解いてくれませんか?」

 

というべきで、その上で、国民の理解と総意を求めるべきなのである。

 

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「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢の肖像」 印象派の巨匠、ルノワールの傑作。

 その美しさに目を奪われるが、被写体のイレーヌ嬢は、なんと当時8歳である。

 とてもそうは見えないが、手元の辺りのあどけなさなどから、有り得るともいえる。

 絵画において、実在する被写体は憲法であり、キャンパスはその解釈の場である。

 絵画も進歩の過程で、被写体を忠実かつ精密に描くことが正解だった時代から、解釈を広げた表現が模索され、最終的には、ピカソのように、原型がまるで無視されたかのような絵画に至る(ちなみにピカソのデッサンは、極めて忠実で、かつ精密である)。

 印象派は、その中間に位置し、被写体というコードを守りつつ、表現の限界に挑んだ集団である。

 8歳という、素朴で派生のしようの無い被写体を、ここまで美しく表現できた、ルノワールの優れた観察眼と技術に感銘を覚える。

 翻って、ろくにそのコードも理解できていないのに、「被写体が悪いからうまくいかないのだ」と主張して、「被写体を変えれば、良い絵が描ける」と短絡的に考えていては、おそらく、いつまでも、美しいものからは無縁であろう。