説難

象徴(シンボル (symbol))

 新元号が発表されるといよいよ大騒ぎになり、私自身言いたい事も溢れるだろうから、その前に投稿しておこう。

 「象徴天皇」とはどういうものであるか、今上天皇はずいぶん心を砕かれて考え続けたという。しかし、「その地位はその総意に基づく」とされた私たち国民の多くもまた、それがどういうものであるのかを理解しておらず、陛下の苦労の結実への道は厳しい。

 

1 象徴

 まずこの言葉の意味というか受け止め方に戸惑っている人が多い。

 表題で示したように、これは「しょうちょう」と読まない。「シンボルsymbol」と読む。この変換だけで、多くの人がより明確なイメージを掴むことができるだろう。

 どうして、テレビやマスコミはまず一番にこの変換をしてあげないのだろう?分かり切っていると思って省略しているようにも見えない。それどころか、もしかして知らんのとちゃうか?と思わせるコメンテーターも見かける。

 

 「シンボルsymbol=象徴」などという表現は、日本人が思いつくものではない。

 よく知られている事だが、GHQは、敗戦で荒廃した日本国民が自暴自棄になったり、無法地帯を創出させる事を恐れ、秩序を維持するためのリーディングフラッグを必要とした。

 そこで日本国憲法(新憲法)草案を検討していた当時の日本政府に、「The Emperor shall be the symbol」と提言した。これがシンボル天皇の始まりだ。

 

 「日本国憲法アメリカからの押し付け説」を支持する人は、現行憲法GHQが作ったものだと主張するが、実際、現行憲法の骨子はおおむねGHQ草案に一致する。さらに、その草案が、GHQの一組織である民生局の一般事務級の職員が一週間前後で作成したものであるというのも、今では否定できない事実である。

 しかし、だからと言って同草案がお粗末なものかというとそうではない。その時点での一つの国家が、国際的に理性と品格を認められるに足る条件を満たすために必要なものを揃えたもので、当時の日本の法学者の多くがほぼ同様な見解に至っていたことも事実である。

 私は、当時の我が国の碩学アメリカの庶民レベルの常識が同レベルであったことにむしろ感銘を覚える。

 ただし、そのように当時の民生局員を支持する私も、象徴天皇を謳う日本国憲法第1条ついては疑念を抱いている。

 なぜなら、それは、ワイマールを始め、アメリカ民主主義にも存在しない定義であり、少なくとも当時において明確なビジョンや確立されたモデルが有ったとは思えないからである。

 戦後、イギリスの立憲君主制をモデルにしていくが、終戦直後、戦犯を求める声も強かった中で、イギリスの国王と同列に考えるなどあり得ない。

 一時の騒乱を回避するための「方便」であったと考えている。

 しかし、苦肉の策が最適であったりすることは、古今において枚挙にいとまがない。

 

2 祭祀

 日本の皇族の起源は、単純にいうと神道の祭祀だ。

 この国を創り、護り、存続させてくれている神々に仕える存在である。もし本当にそんな神が居て、この国が成り立っているとすれば、この国を人間の体に例えると、その神々が頭で、天皇は首とか背骨といった基幹の機関ということになる。

 私の予想では、世界中の古代文明でそうであったように、おそらく、なんらかの科学的知識を持った種族が発祥ではないかと考えている。

 作物の豊穣、天候、疫病、天変地異、今では全て科学が説明するが、300年くらい前までは、それを予想できるだけで、絶対的に恐ろしい存在だったのだ。

 いや、今でも天皇家にだけに伝わる「バルス」のような、日本一撃壊滅の呪文が伝わってるかもしれないと思うと、平清盛織田信長、徳川家と、チャンスはいくらでもあったはずの時の権力者が、自分の時代で終わらせようとは思わなかった理由がうかがい知れる。

 存続の理由は常にこうだ。断絶させるより利用した方が良い。

 断絶させるには、面倒も多く、お恐れながら、正直不気味な存在。それでいて、影響力はあるが、存続させて利用していてもそれほど邪魔にならない。そんな存在だ。

 そうして「触らぬ神に祟りなし」で引き継がれた伝統が、さらに異次元感を強めて行く。

 

3 チャンク(括り(くくり)方の次元)

 とある社内セミナーで、「チャンク」という表現を習った。

 もともとは、ものごとを一括りとして捉える時のその塊のことをいうのであるが、そのセミナーでは、何をもって一塊とするかは、人によって違うという。例えばマグロの赤身を切り取ったら、マグロの赤身1チャンクだが、全部の部位を並べて一塊にしたらマグロ1チャンクだ。さらに他の魚の身も集めてきて一塊にすれば、魚の身1チャンクとなる。

 セミナーでは、自分の部署の成果も大事だが、組織全体の利益という「一次元、違うチャンクでモノを考えよう。」という表現であった。

 

 戦後直後、当時の皇太子、明仁殿下はイギリスのエリザベス女王戴冠式に招かれた。ところが、かつての敵国の皇太子の訪英に国内世論は猛反対。そこで当時の首相ウィストンチャーチルは、皇太子と、野党、強硬派のメディア関係者を自宅の晩餐に招き、こう演説する。

 「私達は意見の違いで時に激しく対立するが、女王陛下の下では全てがイギリス人として団結する。」と。

 君臨すれども統治しない、イギリス型立憲君主制を例に挙げて、皇太子を擁護したわけである。

 

 NHKが近年公開されたチャーチルの資料から、このスクープを報じる前、私は違うエピソードを用意していた。

 

 1992年タイで起きた騒乱についてだ。

 クーデターにより樹立された軍事政権と、民主化を叫ぶ集団とが衝突。数百人の死傷者が出た。誰もが、そのまま内戦に突入するのではと危惧していた時、プミポンというタイの国王が、両陣営のリーダーを王宮へ呼び、「もっと国民のためになるように話し合いなさい!」と一喝して一夜にして騒乱を治めた。

 両陣営のボスが揃って正座させられ、王様に怒られている姿がとても印象的でよく覚えている。

 ニュースを見ていた私は、国王が居るのに政権争いが、しかも死傷者が出るほどの騒乱が起きる事に驚いた。「だって、王様が居るなら揉める必要ないじゃん。」それが当時の私の認識だった。

 

 その後、くだんのセミナーを受けた際、思わず閃いた。プミポン国王は「チャンクが違った。」のではないかと。そして前述のチャーチルの逸話が、私のその閃きに確信を与えてくれた。

 誰の味方でもない。何にも属さない。チャンクの違う括り。次元の違う共通価値観。その下では、人は違いを失い、一つの塊の中の同じ一要素で居られる。それは時として、心地の良い世界を創出する。

 その最たるものが「神」だろうが、そこまで広く構えると、今度は民族として、あるいは団体としてののアイデンティティを失う。

 そこに都合よく当てはまったのが、神の使者で、自分たち専用の担当、宗教的指導者だ。世に戴冠する王のおそらく9割は、なんらかの祭祀出身といっても過言ではない。

 

 特定の宗教の祭祀を崇める事は、宗教の自由に反することになる?

 天皇制に疑問を持つ人は多い。でも、その支持率は、8割を下らないという(実際の世論調査は行われていない)。神道の信者がそんなに居るとは到底思えない。

 理想を言うなら、アメリカで言うところの「自由」のように、日本人を特徴づける「勤勉」や「清潔」といったより抽象的なものが、新たなチャンクになってくれると良いのだろうが、今のところは、その2500年という伝統が、侵しがたく、都合の良いチャンクなのではなかろうか。

 今上天皇の目指すものも、そのような祭祀としての伝統を守りつつ、公務における姿勢等から、いずれは抽象的なチャンクを確立し、御身が不要となる「象徴」を作り出すところであったかのように思う。

 

 さて、象徴を模索する今上天皇の苦悩は、5月から現皇太子に引き継がれる。

 私の小さなつぶやきが、殿下の周囲に届くことはないだろうが、こんな考え方が苦悩のヒントになってくれる奇跡が有ると嬉しく思う。

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作者不詳「桜」

 日本を象徴する芸術作品を探してみた。富士山、着物、刀、桜、日本画にも取り上げられているものも有るが、中にはジャポニズムと呼ばれ、西洋でもモチーフに選ばれたものが多数有る。しかし、どれも、作者、作風、ジャンルに囚われ、「日本」を総称することはできなかった。

 ところがこの絵柄はどうだろう?外国の人にはあまりピンと来ないだろうが、日本のほとんどの人が知っている。

 何にも属さず、作者も知れず、しかし立派に日本の花「桜」を表現している。これもチャンクが違うというべきか?

 今上天皇がお悩みのものの答えは意外にこういうものなのかもしれない。