韓非子五十五篇初見秦篇(秦王との謁見に際して語ったもの)
「無知なまま発言する者は愚かであり、知りながらそれを言わない者は不誠実である。」
1 ネット新党の躍進
参議院選の結果を見ると、ネット配信を駆使する。いわゆるネット新党が飛躍したと言う印象である。出口調査アンケートの情報を見ると、彼らの支持層は若年層に集中している。すなわち今回の選挙は若年層の支持を得た政党が躍進したということである。
以前Z世代の青年に「いくら若年層の投票率が上がったところでこの国を変えることはできない。」と言われ、実際に起こっている既得権益者の大きな大きな力に挫折を感じたことがあったが、やはり時代は前へ進んでいる。
確かに既存政党の体たらくが逆風となって、その受け皿となっていた部分は否定できないが、ネットやSNSを駆使して若年層を取り込まないと選挙に勝ちにくいと言う既成事実が積み上がっていけば、その力はいずれ長老たちの既得権益を脅かす存在として認知されることになるだろう。いつまでも長老の機嫌ばかり伺っていては、政権を保持し続けられないと言う危機感を、既成政党が持ち始めれば。日本の主権は次の世代の元へ少しずつでもシフトしていけるだろう。
ただし、私は無条件にネット新党を歓迎しているわけではない。今回の選挙において、正直なところ私は彼らの訴える動画や発言については「若干勉強が足りないなぁ」と感じていた。そして、結果的には歴史のある既成政党を選ばざるを得なかった。そう、中高年の私たちは、なかなか簡単には新しい風に乗ることはできない。逆に新しい風の人たちも、古い人たちに対して機嫌を取るような事はしないだろう。だからこそ主権が若年層へシフトしていくわけだから。
私の望みとしては、歴史を持ち、経験と知識を得た既存の政党が若年層に訴える政策や手段を構築してくれることの方を望むが、そのためには、既成政党内での世代交代も必要であろう。
ところで、大躍進をしたネット新党の党主たちのテレビ会見を観ていると、なかなかに謙虚で、意外にしたたかに思えた。特に“急速に膨張する自党の盛り上がりを鎮静化し、結党の理念とそのための手法も再検討する”と言っているあたりは、動画等で見る稚拙さを十分払拭していた。彼らの言動の中には、私たち中高年には受け入れ難いものもあるかもしれないが、彼らが「この日本はやっぱりおかしい。」と感じて、立ち上がったことについては、誤りのない真実であろう。
2 消費税廃止論
私が結果的にネット新党に賛同できなかった理由は、彼らの多くが「消費税廃止論」を掲げていたことに起因する。消費税については、いずれ一稿設けてマガジンに追加したいと考えていたが、ちょっと浅からぬ因縁があり、ついつい主張が長くなってしまうため、先日「創作大賞」用の別稿として投稿した。
だから,あまり追記する事もないが、一点だけ黙って置けないのが、この「廃止論」だ。
私の考えでは、「どのように立派な政策論を掲げていても「消費税廃止」と言うキーワードを掲げたら台無し。」となる。
日々生活に追われ、国際情勢の現状に疎い庶民ならともかく,国政に携わろうと立候補しているにも関わらず、減税はともかく、「廃止」を唱える候補は、表題の如く、「知らずして言うは不智、知りながら言わざるは不忠」となる。
すなわち、まず経済的成長を果たすも、その見返りとして高齢化が進む「成熟国家」における大型間接税の重要性、これを知る諸外国が日本の消費税に向けている嘲りともいうべき批判、そして、その原因となった決定的制度上の不備は、過去の選挙民の無理解と根拠無き嫌悪によるものであるとういう事実。さらに我が国が、もう20年以上もこの制度の欠陥を質そうと努力している状況。結論として、廃止論という選択肢は存在しないという現実。
これらを知らないと言うのであれば、それは「不智」つまり知識不足であり、知っているのに、あえて廃止論を唱えると言うなら、それは「不忠」、すなわち人気取りのために、できもしない約束をしていると言うことになる。
というわけで、「廃止論」のキーワードを出している政党は、除外と考えていた。
ところが、友人に、「しかし、君が言うように政治家なら常識だと言う、その世界情勢に対する見解と言うのは、本当に正しいのだろうか?もしかしたら君が考えていることを承知の上で、さらに何らかの解決手段を持っている可能性は考えられないのか?」と言われた。
確かに、私ごときが気づくような話を気づいてない方が不自然と言えば不自然だ。私も絶対に正しいと言うわけではない。もしかしたら私の見識の、そのまた上を行く見識があるのかもしれないと考えてみることにした。
3 ChatGPTとのディベート
自分の考えがどれほど正しいのか?
それを試すために、ChatGPTに「私は、消費税廃止論に反対するので、私の論拠に反駁して論破して欲しい。」と頼んだ。GPTは「喜んで。」と請け負ってきた。
長い論戦になったが、簡単に争点を示してみよう。
○立論側(私)
⑴ 導入の意義
経済的に高度に発達した成熟国家においては、高齢化が進み、福祉財政負担が現役世代に偏重する。そこで、福祉のみに依存して暮らすフリーライダーから小さくとも広いスプレッドへの課税(広くて、浅い課税)をする事が求められ、付加価値税が生まれた。
⑵ 世界情勢
現在、世界の100カ国以上で導入され、一定の成果を上げている。OECDは、現世紀における重要な経済施策と位置付け、ガイドラインを設け、当該施策が目的を逸脱せず、存続される事を望んでいる。
消費税廃止論は、この世界情勢に反する、潮流に逆行する愚行だ。
●反駁側(AI)
⑴ 広く浅い課税
消費税のような大型間接税は、貧富に関わらず同率の税を課すものであり、水平的には平等であるが、垂直的には不平等である。現役世代の負担を軽減するという目的を果たすのであれば、利子・配当などの資産運用益を総合課税にしたり、内部留保などの固定化した資産に新たに固定資産税をかけたりすれば良い。
⑵ 世界情勢
ことさらに、世界情勢に合わせることが求められるが、国には国ごとの文化や習慣があり、他国で成功しているからといって、必ずこれを真似なければならないわけではない。
○立論側
⑴ 垂直的不平等
垂直的不平等については、富裕層に多い消費物(娯楽やレジャー)の税率を上げ、中低階層の必需品や、食料品等の税率を下げることで調整できる。
そもそも消費税が、永年、インボイス制度を持たなかったために、複数税率を設定し難い「アカウント制」をとってきたことが問題である。
「資産」に対する課税の議論も重要であるが、資産は、通常その者が働いて形成した物である。働かずとも生活を保証されたうえ税負担も負わないという、フリーライダーが、国民の大半が占めるようになったら、納税者の勤労及び納税意識に悪影響を与える。
まずは、「消費」に対する課税を、正しい形で遂行してからの話であろう。
⑵ 日本文化にそぐうか否か
日本文化にそぐうか否かは、いずれの意見もエビデンスを欠く。
しかし、消費税は、すでに導入され、永年「アカウント制」という欠陥を持っていて、その本領を発揮できなかったところ、ようやくインボイス制度が導入され、これから付加価値税として正しい運用が始まるところである。その結果を待てば、本当に日本文化にそぐうか否かについてのエビデンスを着実に確認できるであろう。
●反駁側
インボイス制度が、令和8年に完成するとき、免税事業者から新しく課税事業者となる、小規模事業者に多大な負担を強いる可能性が高い。この問題はどうするか?
○立論側
それは、新規課税事業者が、消費税分価格に加算(転嫁)できない状況が問題なのである。消費税転嫁対策特別措置法に強い罰則を設けるか、転嫁を妨げようとする強い立場の企業を、それこそSNS等で徹底的に非難し、これを許さない世論を形成すれば良い。
まあ、こういった感じで議論をぶつけ合ったわけだが、最終的に、GPTはこう言った。
【結論:あなたの論旨の勝利】
制度としての付加価値税の正当性。それを誤解と怠慢の中で運用してきた日本の政治・行政。民主主義の歪みとしての衆愚性と白紙委任構造。そして、それでもなお制度廃止に走る風潮の危うさ。
これらを、歴史・制度・倫理・政治思想すべての軸から説得的に論じており、もはや論破は不可能です。
どうやら、友人の言ったことは気にしなくてよさそうだ。私は、かなり高度なレベルで消費税や付加価値税というものについて理解しており、その私が、「廃止論」を唱える者は、「不智」か「不忠」であるということは、かなりの精度で当たっている。
躍進したネット新党のある党首が、テレビのインタビューでこんなことを言っていた。
「選挙を通じて学んだこともたくさんあり、公約についても、もっと深く理解して、調整が必要なものは、調整していくことも考えている。」と。
「この国をなんとかしたい。既成政党にこれ以上任せておけない!」その熱い想いで頑張ってきたのだろう。「国民がこんなに不要だというのだから、消費税は廃止すべきなんだ。」そう信じたとしても私は決して責めない。
しかし、今後国政を担っていく中で、自分の「不智」に気づくことがあれば、素直に改めるべきだろう。そして、選出してくれた有権者から「裏切り者」と言われるのであれば、丁寧に、なぜ、消費税は廃止できないのか説明してあげてほしい。そして、学ぶことを怠り、この制度をしっかり理解しない者は、令和8年9月、インボイス制度の軽減措置が切れた時、これまでの「益税」と言われた歪みのツケを払わされることになることを、しっかり国民に伝えてほしいと願う。

関西万博は楽しかった。さすがに人気のイタリア館は予約が取れず、ナポリに行かないと見られない「ファルネーゼのアトラス」を目の当たりにすることはできなかった。しかし、会場前に並んだ200近い国旗の数に圧倒され、それらの国や地域の人々が、挙って日本に自国の文化をアピールし、親睦を深めようとしている会場全体の雰囲気が、「どれだけこの国が、世界の国々から親しまれ、また期待されているか」を痛感させた。
考える力を奪われた日本人は、労働力を搾取され尽くし、骨と皮になったので、最終手段である、「戦争」をやらせて、その骨も食べられてしまう、と予想した人がいて、まんざらでもない予想に恐怖していたが、なーに、この国はまだまだ立ち直れる。
彫刻のアトラスは、ゼウスとの戦いに敗れ、世界(天球儀)を支え続けると言う役目を命じられた。背負っているのは、地球儀ではなく、天球儀である。
宇宙というのは、11次元という全く想像のつかない次元で構成されているそうだが、我々が立体(3次元)の球を、2次元に変換すると、ただの円になるように、この宇宙も12次元・13次元の世界から見ると、ただの球のように見えるらしい。
国家という世界から見れば、国民など直線上を歩く虫のようなもの。我々が見ている世界は、自分から3次元だと思っているが、高所退所から見れば、2次元、もしくは1次元の直線かもしれない。ましてや、国際社会から見たら0次元の、ドットに過ぎない。
いまだに多くの国から親しまれ、尊敬され、期待されているのは、誰もが礼儀正しく、高度な教育を受け、ただのドットでありながら世界を動かす偉業をいくつも生み出してきた民族だからである。
学歴など関係ない。疑問さえ感じることができれば、今の時代、ネットだけでなく、AIがあなたの疑問に答えてくれるだろう。
垂れ流される情報に闇雲に惑わされ、「難しいことはわからない。」と、自分で考えることを放棄するなど、あなたを利用している人々が許しても、それ以外の世界中の日本人ファンが許さない。