説難

自己承認欲求と貢献欲求

1 おしゃべりモンスター
 子どもの頃から、母や兄弟によく言われた。「お前は人の話を聞かない」と。
 確かに、気をつけるようになるまでは、相手の話を途中で遮って自分の話を始めてしまうことが多かった。だが、彼らが思っているほど私は聞いていなかったわけではない。
「今の話を繰り返せるか?」と問われたら即答できたし、「遮ったとき、相手の言いたいことは分かっていたか?」と聞かれても、やはり即答できただろう。
 私は幼いころから物語が好きで、しかも読んだ話をほとんど覚えていた。いわば“小話博士ちゃん”だった。
 兄に読み聞かせてもらったイソップ童話から始まり、グリム、アンデルセン、そしてギリシャ神話、北欧神話、日本神話へ。自分で本を読むようになると、星新一赤川次郎小松左京。長編を読む集中力はまだなかったが、短編という短編を山のように読み、覚えた。”アラビアンナイト”ほどではないが、数百の小話を語れたと思う。
 他人の話も、三割ほど聞けば大筋がつかめてしまう。だから、後続を聞かずに次の話を思いついてしまう。後に発達障害と診断される異常な理解力は、そのせいかもしれない。
 そして、頭の中の膨大なエピソードは、誰かの言葉の一片で弾かれ、表に出ようとする。黙っていればいいのだが、「自分が面白いと思う話は相手も面白いに違いない」と思い込んでしまい、つい話してしまう。しかも、多くの人がそれを楽しんでくれた。遮った相手でさえ、続きを聞きたがることが多かった。

 だが、そんな自分勝手な会話が許されるのは小学生までだ。中学に入ると礼儀を覚え、相手の話を聞くようになった。ところが、聞けば聞くほど、脳内の小話がフックを掛けてくる。話したい衝動が倍増した。やがて軽いイジメに遭い、親しい人としか話さないよう制御する術を覚えたが、たまに他人と話すと決まって言われた。
「君って、こんなに面白い人だったんだね」と。
――話のネタは、確かに面白かったようだ。

 社会に出て、人との関わりを持つように会話を交わすようになると、初対面の場から必ずと言っていいほどムードメーカーになった。宴席で話題が途切れそうになると、控えめに、それでいて皆が興味を持てる話を放つ。空気は一変し、笑いが起こる。
 それは、運動神経に恵まれなかった私に、神様が与えたもう一つの“身体能力”だったのかもしれない。
 だが、夜学に通ううちに私の好奇心は世界の根源へと及び、相対性理論から素数分布、認知科学まで踏み込むようになった。
 もはや宴席の話題には収まりきらず、酒が入るほどに言葉数は増えていった。

2 おしゃべりバスターズ
 入社後しばらく、私の“コミュ力”は無双だった。
 どんな話題でも的確に入り込み、場を盛り上げた。
 しかし、ほどなく評価は二極化した。
 「楽しい人、ムードメーカーだ」という声と、「自己主張が強くてうるさい」という声。
 新しいコミュニティに入ると、最初は前者が先行し、やがて後者が増えていく。
 どうやら私は、誰とでも分け隔てなく話す性格が、特定の誰かにとって“脅威”になるらしい。
 中学時代、クラスの人気者と親しくなり、彼の取り巻きにも親しまれたが、それ以外のクラスメートとも親しくしていた私が、クラス委員に選出された途端、その人気者に嫌われるようになり、取り巻きもそれに追随し、やがてクラス全員が加わるいじめへと発展した。

 社会人になっても構図は同じだった。
 私は誰かを貶めたこともなく、仕事もきちんとこなしていたのに、やがて“うるさい人”と見なされた。それは、私の話術が、私が何者であるかを知る前に人気が先行してしまい、それを妬むバスターを産んでしまうからだ。
 やたらととおる声(おそらく倍音と呼ばれるもの)を持っていたのも、考えものだった。職務上の指示伝達では有用なのだが、バスター達にとっては、「耳障りだ」でしかなかった。

 さらに厄介なのは、嫉妬だ。
 私は男女を問わず話をするが、好奇心の強い女性ほど知的な話を楽しんでくれた。
 それが一部の男性の逆鱗に触れたのだろう。
 “おしゃべりバスターズ”は、誇張や揶揄を織り交ぜて、私を「虚飾の人」と評して陥れ、何度も私を「人気者」の座から「嫌われ者」へと転落させた。

 ――おしゃべりモンスターは孤独だ。
 いつも妬まれ、足をすくわれる。

3 蜘蛛の糸
 こうして多弁地獄に堕ちた私は、発言を抑えようと必死だった。特に声量には、気を遣った。だが、「声が大きい」と言われ続けた。
 声の大きさは、身長が二メートルあるようなものだ。歌手なら武器になるが、日常では頭上(ヘルツ)を気にして生きねばならない。
 そんな苦労も知らず、人は言う。「声が大きいのはいいことじゃないか」と。
 私には、それが「太っているのは健康的でいいじゃないか」と言われるように聞こえた。
こういう人ほど、最初に裏切るし。
 そんな愚痴をこぼしても、多弁地獄は終わらない。
 私は好奇心も人一倍で、歳を追うごとにあらゆる分野で知識を蓄え、やがて“正義感”というやっかいなものを身につけ、上司にまで口を出すようになった。

 「どうして私はこんなに自己主張が強いのだろう。子どものころ、一度も褒められなかったせいか?」
 そう思い詰め、心療内科に通い始めた。薬で口数は減ったが、どこかで反動が出た。二年間のカウンセリングでも答えは見つからなかった。
 ある日、主治医に尋ねた。
 「先生、私はどうしてこんなに喋りたいのでしょう。何に不満があるんでしょうか。黙っている方が上手く行くという事もたくさん有るというのに。」
 主治医は少し驚いた顔で言った。
 「気づいてなかったのかい? 君は何も悪くないよ。君の衝動は、自己承認欲求ではなく“貢献欲求”から来ているからね。」
 「貢献欲求……初めて聞く言葉ですが。」
 「他人の役に立ちたいという欲求でね。君が好奇心を働かせて知識を追うのは、人に褒められたり、人を操ったりする事が目的なのではなく、人や、社会の役に立つためにそれを活かす事が目的だからね。むしろ、君の所属する組織は、君のような人間を重用しなければならないが、大きな組織ほど、“考えを持たない兵隊”を重用する傾向にあるからね。」
 その言葉に、肩の力が抜けた。「なるほど、戦時中の思想犯みたいなものですね。正しいことを言っても拘留される。」
 主治医は笑って言った。「まあ、あまり認めたくはないが、私は薬品を使って君の才覚を抑えている拘留者側ということになるね。でも、これは君の才覚が、勤務先との摩擦によって逸失されないように保護していると思ってもらいたいね。
 君の文章は素晴らしい。ブログを読ませてもらったが、もはや学者の域だ。どこで必要になるから、保全しておくべきだよ。ネットという多様な世界なら、君の才能を理解してくれる人もいるかもしれないし。」

――そうか。ブログに書き綴ることこそ、地獄に垂らされた蜘蛛の糸なのだ。
 私の背後には、知識やエピソード、物語が連なっている。それを乱暴に振り払えば糸は切れる。だが、慎重に息を殺して少しずつ引き上げれば、切れないかもしれない。
 若き日のトーク力を思い出し、ユーモアを交え、人に響く言葉に変えていければ――
 いつか、全てを引き連れて、その糸を登りきれるかもしれない。

ルノワール『舟遊びをする人々の昼食』

 

 先日、街角の開店したてと思われる小さなケーキ屋でこの絵柄の小銭皿を見つけた。
 店主らしき若い女性に尋ねると、「祖母からもらったものです」と言う。
 調べてみると、この作品が日本に来たのは二十年前。関西圏に来たのは、三十三年前。もし彼女の祖母が関西の人なら、孫の誕生よりずっと前に買ったものだろう。それを聞いたら、きっと彼女は驚くだろうな。そう思うと、開店祝いに贈られたものとしては、最高の一品に思えた。また小話を一つ仕入れてしまった。

 若い頃、私は男女を交えた交流会をよく企画した。中にはカップルになった人もいた。
ちなみに、画面左下で猫を抱く女性は、のちにルノワールの妻となるアリーヌ・ジェリコだ。
 嫌われ者になってからは、そんな交流の輪からも外されたものだが、私は、今も、楽しかった記憶だけを残そうと努めている。