1 初回来署型
2006年、政府は行政手続きの電子化について、具体的な数値目標を掲げる。確定申告等重点項目は、5年以内に50%という目標が掲げられた。これを実現する戦術として掲げられたのが、署相談に訪れる納税相談者の教育であった。
作コナの当初の名称は、「初回来署型・確定申告d作成サイト体験システム」であった。
その意味するところは、「初回だけ、非常勤職員を含む税務職員等が、その操作を指導・支援するが、翌年以降は、自宅からの送信を促す。」というものであった。わざわざ、アプリの起動パスワードが「Shokai(現在は違う)」となっており、“このサービスは、初回だけ”という意識を内部の者しか知ることのないものに仕込んでいる時点で、上庁の絶対的命令の徹底を示していた。
しかし、翌年配属されてきた、私の一つ年上の連調官は、この戦術について懐疑的であった。「申告書の仕組みすら知らず、毎年タッチパネルで作ってきてもらった人達が、一度作り方を説明したところで来年まで覚えている事は難しく、ましてや(まだまだ初期設定が複雑だった)、電子申告を行うなんてありえない。」
彼は形だけは上庁の命令に従い、作コナによる指導・支援体制を設けながらも、別の戦術を進めていた。
すなわち、税理士や、自主的に郵送で申告を続けてきた人を対象にした講習会の充実だ。なるほど作り方がわかっている人達なら、後は設定の仕方を説明してあげれば、電子申告へ導くのは、署相談に来る人よりもずっと近い。私はこの考えに賛同し、その講習会場の設営、資料作成や講師を行う、別動隊に専従していた。
そして、その道を歩む中で、私は初回来署型の参考から、来年の電子申告者が現れる可能性の低さを痛感していた。
例えば、電子申告を行うには、まずサイトに入るだけではダメである。IDパスワードを作り、ソフトを動かす資源をダウンロードし、インストールするなどと説明すると「ダウンロードとインストールは何が違うんだ」と言う質問が普通の時代であった。
「家電屋さんで大きな液晶テレビを買って家に持ち帰ることがありますよね。これがダウンロードです。その後配線をつなぐのに業者に頼む位難しいですよね。これがインストールです。」といった具合に説明するものだから、昨年とは大違いに、私は連調官の超お気に入りだった。
しかし、事件は、事前相談会場で起き始めていた。比較的パソコンに詳しい職員が連調官の指示の下、少しでも電子申告に近い人間の指導に割り当てられている分、相談会場には作コナを指導する人間が極端に少なかった。
結果、どういうことになるか、そう指導したり、支援するよりも、こっちで打ってあげる方が早いと言う結論に至っていたのだ。もはや“操作補助”とは言えず、完全に「代打ち」が当然になってしまっていた。
みんなタッチパネルの時よりも大喜びだった。住所氏名も手書きで書かなくていいわけだし、彼らが持ち帰る作コナの打ち出す「申告書控」は、とてもきれいで、例年の大業を成し遂げた満足感をもたらすのに貢献した。
「新しいパソコンの時代になると、自分で操作しなければならなくなりますよ。」と、昨年散々脅していたが、何の事はない、やっぱり作ってくれるんじゃんと言うことになってしまった。。
職員の間でも「初回来署型どころか、来年もドーゾ型じゃねーか!」と言う強い批判が出ていた。
私はあちこちの説明会場を回り、自分で何とか来年は自宅から送信しようと一生懸命メモを取る人たちを見ながら、どうして相談会場の職員たちは、せめて住所と名前位自分で打たそうとしないんだと考えていた。
2 代打ちの仕組み化の定着
期前相談の時期が終わり、私たち説明会チームも相談会場に配備される頃には、代打ちは完全にシステム化を極め始めていた。特に、タッチパネルの頃は、単に申告に必要な書類を分類するだけだったものが、「提出書類整理票兼添付台紙」というものがすごい進化を遂げていた。
この台紙は、本庁が、作コナに合わせ、画面のステップの通り、添付書類を確認していくために考案したものであり、本来、納税者向けのものであったが、いかんせん文字が大きく、ケースごとに違うものを渡さなければならないという煩雑性を持っていた。
これを、職員及び非常勤用に改良したもので、字は結構細かいが、大半のケースに当てはまり、作コナの操作を熟知しているものには、とてもわかりやすく整理されており、これにより、控除漏れや打ち間違いを防ぐように工夫されていた。
さらに、その台紙は「このような申告で来られた人はこのような書類が必要である。」といった部分を強調するようにデザインされていた。これは待ち時間の間に必要な書類を準備させると言う工夫でもあった。相談会場の人間は、打ち方の怪しい人にパソコンを打たせ肩越しに説明するような技術はなかったが、それなりに来所者に申告の仕組みを伝える努力を怠ってはいなかったのである。
ちなみに一緒に自宅から電子申告を行うためのリーフレットも配られていたが、このリーフレットは会場の出口のゴミ箱にたんまり捨てられていた。
代打ちのほうは、もっぱら非常勤職員の仕事となっていた。私たち職員は持参された書類をいかに素早く分類し、添付書類以上に必要な数字がわかるように配置し、場合によってはホッチキス留めし、重要な数字に赤丸をつけていた。そのため「書類整理コーナー」と言うカウンターが設けられ、その前に行列が並ぶ方式になっていた。
私もその「書類整理コーナー」を担当していた。作コナの動きをほとんど記憶している私にはとてもよくできた添付台紙に見えた。
ちょっとした自慢だが、私の書類整理は他の人と比べて圧倒的に早かった。レジを並ぶ客が時々「こちら空きましたよ。」と呼んでもそちらにはいかず、レジ処理の早い従業員が立っているレジを待つことがある。同じように他の人が「こちら開きましたよ。」と呼んでも、私の処理を待つ人がいたのが面白かった。
確かに代打ちを続けていればリピーターは減らない。戦略的には大きな損失になる。しかし、この添付台紙が洗練されて行けば、相談会場に来る前にある程度準備をしてくれたり、順番を待っている間に自分で書類を整理するような場所を設けるという作戦も考えられる。などと、私は次の作戦を考えていた。
その年、さらに将来を期待させてくれたアイテムがここで生まれている。
喫茶店のメニューのようにラミネート加工された形の、「ID・PW設定(初期設定)ガイド」である。これは、本人に、住所・氏名を入力させ、PWは任意だが、迷ったら、署名や自分の名前+誕生日という、今では決して許されない優しい選択肢を明示していた。相談会場の担当も、何も考えていないわけでない。常に変化を求めていた。
3 一番槍の向こう側
翌年、作コナも降臨して3年目になると、この傾向はさらに顕著になっていく。
折しも、内部事務が独立し、新たに管理運営部門が設立され、現場には新しい時代というものが、まさに音を立てて差し迫っていた。多くの職員から、新しい知識をいち早く会得し、「一番槍」を立てようと言う野心が漲っていた。
普通の人ができるようになったものには食指が動かない私は、戦術が進化していくことを歓迎するだけで、たいしたアイディアは提示しなかった。
ただ、一つ気がかりなことがあった。彼らのアイディアは、いずれも効率を追求するものだった。しかし、その効率化は、本当に納税者の利便性の向上につながっていたのだろうか。
そんな中、私は期前相談会場が閉会すると、留任した連調官の命令で、署に戻された。
電話相談が増え始めたのだ。相談会場に設けられている作成コーナーは、相談会場用に特化して開発されているので、実際のインターネットで見るサイトとは若干違っている。たいした違いでは無いのだが、その小さな違いに多くの職員が戸惑いを感じていた。
例えば、本番のe-Taxでは、電子申告送信後、アンケートが設けられている。来署型にはそんなものはない。納税者はこのアンケートをどうしたもんかと聞いてるだけなのだ。
私は自分でも初期設定から電子申告の送信までチャレンジしているし、講習会で何度も他人が送信しているものを見ている。送信後の画面も送信後にしなければいけない。メッセージボックスの確認もちゃんと知っている。
わからなければ、本番e-Taxの操作マニュアルは、同じサイトに公開されている。
少し、一番槍を目指している人たちの真意が見え隠れしているようで複雑だった。
ところで、操作マニュアルにも例外が有った。税理士が行う「代理送信」の場合の送信後の資料だ。これは、どこを探しても見当たらなかった。
同じ年にe-Tax電話相談コーナーが設立されていたのでそこへ尋ねてみた。しかし即答できないということで折り返し連絡となった。そして私は自分の所属する税務署の番号を言ってしまった。すると、電話相談コーナーを統括している偉いさんから、私の所属する税務署の総務課長に電話がかかってきて、「職員だったら自分で調べろ。」とずいぶん厳しいお叱りを受けたらしい。
「自分で調べろと言うなら、画面資料をマニュアルに載せとけって言うんだ。お前たちまでユーザーの立場を忘れてどうする?」という怒りに駆られたものだ。
やむを得ないので、他局の同僚等にも相談した。でもその資料はなかなか見つからなかった。結局その前の年に講習を行った時、知り合った税理士さんからいただけることになった。下手に他局の同僚たちに相談していたために、私が彼らにその資料を配信する羽目となった。もちろん個人情報はマスキングしてある。
「相手の立場に立て」と人は簡単に言う。しかし、想像では人の立場に立てない。情報が必要なのだ。道なき道を進む本当の「一番槍」はいつも泥まみれだ。
4 非常勤職員慰労会
電話応対に追われつつ、要領の掴めない内部事務に奔走する中、バレンタインの日にチョコレートをくれた非常勤職員の女性から連絡があった。
申告期間が過ぎたら、仲間を集めて慰労会をしませんか、というものだった。
私は、特定の人を呼んで行うと、来年のリピート率に影響を及ぼす。それに、私は前半しかいなかった身だから、相談会場チーフのH先輩を通すべきだと考え、彼のメールアドレスを伝えた。
後で聞いた話だが、彼女は現役の大学生で、期中会場に移ってからは、覚醒したように人数をこなし、三十代、四十代の非常勤職員をぐいぐい引っ張っていく存在になっていたらしい。
程なくして、非常勤職員の慰労会が開かれるという噂が囁かれるようになった。しかし、私には招待の声がかからなかった。
ところが、彼女から直接、日時と場所を確認するメールが届いた。参加してもよさそうだったので、顔を出すことにした。ホワイトデーのお返しもしていなかったことだし。
残念ながら、多忙のため、三十分ほど遅れて到着すると、参加者はほぼ全員がそろっていた。そんな中で、H先輩がだんじりに乗ったようなはしゃぎようだった。きっと、自分の運営がこの結果を引き起こしたと思っているのだろう。
「あれ? 君、呼んだっけ?」
確かに、私は期前相談しか参加していない。私はただ、彼女に会いに来たまでだ。
彼女の周りに集まっていた非常勤職員たちは、私を見るなり、彼女の横の席を空けた。どうやら、彼女たちの間では、この慰労会が開かれるきっかけとなった経緯は、すでに知られていたらしい。しかし、職員側には、そんな事情を知る者はいなかった。
彼女たちの計らいもあって、私は彼女としばらく話すことができた。
「期中会場では、大活躍だったそうやね」
「皆さん、期前会場で教えてもらった気遣いを忘れているようでしたので、私はその仕組みを復活させたり、応用してみただけです」
彼女が語った「気遣い」とは、行列に並んでいる人に添付台紙とクリアファイルを渡し、「立ちながらなので無理はせず、出せるものは出しておいてください」「証明書のハガキの宛名の方は不要ですから、カットできる人はカットしておいてください」と声を掛けることだった。
また、一定の年齢の人には、少し早めに空いているパソコンへ案内し、ラミネート加工した「ID・PW設定ガイド」を渡して、「これを設定しながら、担当者が来るのを待っていてください」と伝えていたという。
「気遣いねえ。あれは、こっちの都合でものを考えているだけだから、気遣いと言えるのかなあ」
「声の掛け方が違いました。あなたは決して無理強いはせず、それでも『皆さん一人一人が少し準備するだけで、この行列はもっと早く進みます』とも言いました。ハガキを落としてしまった人のところに行って、不要な方をカットしながら、『無理はしなくて良いですよ』と、その人のクリアファイルに入れてあげていました」
「どうしたら、あそこまでできるのだろうと考えて、わかりました。あなたはきっと、皆さんと一緒に並んでいるんだ、と。そう考えれば、私にも真似ができました」
とんでもない美談になっている。
私は、次の戦略に必要となるので、行列の待ち時間を如何に利用するかについて、試行錯誤していただけだ。
待ち時間を無駄に感じているのは、こちらの論理である。多くの人は、例年のこととして受け入れ、読書をしたり音楽を聴いたりしている。説明書など渡されても、「メガネを忘れた」という人もいる。そんな情報を収集していただけだった。
「気遣い」などと言われると恐縮する。
しかし、韓非子『喩老』篇は言う。
「目は自らの睫を見ず」
彼女の目に、私の睫毛がそう見えたのなら、良い誤算だったのだろう。
しかも、彼女は、知識も経験も劣るのに、会場の雰囲気を和らげ、他の非常勤職員を牽引したという。役人の都合が見え隠れする私と違い、彼女は本当に、行列の人たちの待ち時間を減らそうと努力したのだろう。だからこそ、来所者の心も動かせたのかもしれない。
戦場で汚れてしまった私には、真似のできないことだった。
5 表彰
さて、役人の都合で、行列に果敢に話しかけていた私は何をしていたのか?
私は、現状の「代打ち」は、緊急処置であり、継続すると危険と考えていた。リピータは増大し、援軍は来ない。これを脱却する戦術が必要だった。そこで、目をつけたのが、行列の待ち時間だった。しかし、前述した通り、純粋な心を持った大学生でもいない限り、集団心理は変えられない。私は、将来来るこの問題の解決策を模索していた。
ところが、びっくりたまげることが起きた。
国税庁長官が、大阪局における電子申告の急速な普及を称え、表彰してしまったのだ。
これはいかん。
その数字は、「代打ち」によって作られたものだ。電子申告の普及を示す数字ではあっても、納税者が自ら申告できるようになったことを示す数字ではない。
それなのに、表彰は、その数字を生み出した方針に、お墨付きを与えてしまった。
冒頭で語った、「初回来署型どころか、来年もドーゾ型じゃねーか!」という批判も、いつしか鳴りを潜めていった。
こうして、「代打ち」は、批判されるべき例外的な措置から、表彰によって正当化された成功事例へと姿を変えてしまったのである。


観光雑誌や教科書に載っているのは、圧倒的に、この人物像のディテールの方だろう。私も、これしか見たことがなかった。だから、実物を目の前にして、その全体像がこれほど巨大なものだとは知らなかった。
あの長大な頂は、何を意味しているのだろう。帆船の帆なのか、それとも別の何かなのか。設計者が、そこにどのような意図を込めたのか、私には分からない。
ただ、発見の劇的なシーンを表現する人物たちの上に、これほど長大な頂がそびえている。その姿を見て、私には、偉大な発見ですら、まだまだ道半ばであることを示しているように感じられた。
長官表彰をいただき、喜びに沸く私たちは、e-Taxが切り拓くはずだった新しいパラダイムの高さに比べれば、あまりにも低い場所で万歳三唱をしていたのではないだろうか。
「目は自らの睫を見ず」
ここでも使える言葉だな。





