説難

初心者でもできる!青色申告で年間30万円の節約(後編)

1 会計ソフトの可能性
 私の実家は会計事務所だった。税理士が少なかった当時では、ちょっと大きめの企業の顧問にでもなれば、安定した収入が得られたであろうが、父は、開業初心者や記帳アレルギーの事業者を連れてきては、その経理を手伝っていた。当然、報酬は少なく、家族から不満も出ていたかもしれないが、当時小学生だった私には、父が何かを楽しんでいるようにしか見えなかった。
 大した実力がなかったのではと疑われるかもしれないが、彼はおそらく簿記の女神の祝福を受け、我々経理を学ぶ者が最後に求める、会計学プロトコルに届いていたと思われる。
 当時、会計ソフトは未完成で、試行錯誤を続けていたが、父は、その会社と契約して、それを活用して財務諸表を作成し、不具合を調整するアイディアを出し合っていた。
 そして、私にはこう語っていた。「簿記のアルゴリズムは単純なものだ、コンピュータが発達したら、計算機くらいのサイズの電子帳簿ができるようになる。そうなれば、記帳に悩まされる個人事業者はもっと減るだろう。」と。
 1983年TKCという今でも有名な会計ソフト会社が、日本初のパソコン用会計ソフトを発売するが、まだまだ高価だった。そして、父の余命はこの時点で5年を切っていた。

2 会計ソフトの大々的普及
 私が40歳を過ぎた、ある年、国税庁が戦慄の戦略を打ち出す。
 「これからは会計ソフトの時代。経理の機械化を大々的に推進するため、すべての記帳指導を会計ソフトで行う。」というものだった(記帳指導とは、国税庁税理士会と協力して、開業者や記帳初心者を支援し、無料で指導を行う制度である)。
 二世議員についてどうこう言う人がいるが、士業というものは、歴史を平らげて資格をとり、未来を読むことで収入を得る。その語られた未来に出会う度に、やはり一般人とは違う世界観を持ってしまうものだ。ただ私の父は20年早すぎたわけだが。

3 前編メソッドの研究
 その頃、私は簿記の女神、会計学プロトコルを求めて、簿記一級を目指していた。しかし、なかなか振り向いてもらえない状況だった。
 国税庁の発表を受け、父に追いつけないならせめて、会計ソフトだけでもマスターしてやろうと戦略を転換。会計ソフト技能者資格1級を取得した。そして、その最大の武器が、「自動転記」であり、これにより、二つの帳簿を完成させるだけで、B/S・P/L、いわゆる複式簿記の財務諸表が自動的に作成されることを悟った。中でも預金取引明細は、もともと、預金元帳という完成された帳簿であり、やっていることは、これをただ写しているだけであること、そして、これを入力すれば、現金出納帳の骨組みが自動転記によって作成されることも知った。
 あと何が足りないかは、長年の経理の経験から、自ずと絞り込むことができた。
 さらに、個人事業者の記帳をサボる言い訳もよく聞いていたので、どこをどう省けば楽になるかの目線で、メソッドを組み上げた。多少後付けを許すところは厳格にいうと法律違反になるのだろうが、一生懸命記帳をしようとしている事業初心者のそんな仕方のない事情を問題視することはない。
 それより、会計ソフトは、嘘でも、間違っていても、粗悪なものなら、現金が赤字でも貸借対照表を作ってしまう。これを携えて提出し、65万円の控除を受けている人の方が問題だ。
 私は、個人事業者が複式簿記を行う上で最も重要となる、事業費と生活費を区分し、生活費=「事業主貸」の仕訳を組み込んでいる。ここが、上記のような「できちゃったB/S」との大きな違いだ。

 今の会計ソフトは、預金取引明細やカード取引明細を自動的に吸い上げる機能がついている。要は、数字の動きと残高は先に入っていて、あなたは経費なら経費科目を入力し、そうでなければ、「事業主貸」と書けば良い。しかも、現金と預金との取引は仕訳済みである。

 ちなみに、会計ソフトを買いに行くと、4〜50,000円のが普通に並んでいるが、それらは上級者用だ。「やよいの青色申告」とか「ソリマチみんなの青色申告(会計王シリーズ)」といった、12000〜20,000円くらいのが有るので、それで十分だ。

「男一匹、事業を立ち上げたのなら法人を目指せよ!」。月1回、できれば週1回整理すれば、家畜小屋から出ることができる。今回は青色申告特別控除をテーマにしているが、記帳による節税方法は、もっといくらでもある。
 私は、それで違う景色を見るようになる人たちを、幼少期から何人も見てきた。だから、父は楽しんでいるようにしか見えなかったのだ。
 論語に曰く「好きなことを生業とすれば、一生働く必要は無い。」

4 小石の退け方
 さて、会計ソフトを実際に始めようとすると、通常人が今まで聞いたことがない言葉が平気で使われていてイラっとする。
⑴ 開始仕訳
 無一文で事業を開始するわけでない。売上が入る前に経費を払ったら、現金残高はマイナスになる。そこで会計ソフトは、最初の資産は、どこから来たもの?と聞いてくる。これが開始仕訳。一番わかりやすいのは、事業用の財布に幾らかの現金、事業開始日の預金通帳残高を、相手勘定「事業主借」で登録すれば良い。
事業から得た利益を生活費に消費した場合は、「事業主貸」だったですね。事業が無一文だから、資金を投入する場合は、「事業主借」とする。個人の青色申告貸借対照表には、「元入金」という、真っ当な税務職員でもほとんど説明できない変な科目があるのだが。上記のルールを守って計上していれば、これも勝手に計算してくれる。
⑵ 出遅れてしまった人
 以前は、貸借対照表を作れない原因で、最も多かったのは、開業から、所得計算を始める12月までの記録をまるで残していないというものだった。
 しかし、昨今の開業者はある程度意識が高く、現金について領収書程度の記録は残しているものだ。これさえあれば、預金明細やカード明細などは、後からでも費用を払えば入手できる(確かネットで頼めば1ヵ月で120円、12ヶ月で1,400円位だったと思う)。
⑶ 立替交通費
 フリーランスは、交通費やいろいろな経費を負担してもらうことが多いが、これらを全て収入に上げてから、経費に落としていると、売上金額が大きくなる。
 結局、売上✖️2%になってしまった、インボイスの世界では、売上は少ない方が良い。だから、後からもらえる交通費は、「立替交通費」として計上して、売上が振り込まれた時、内いくらいくらは「立替交通費」として減算する。
⑷ レシートのない経費
 現場の若人集に自販機でジュースを買って配ってやった。立派な経費だ。
 レシートなんか要らない。カレンダーに書いておけば良い。
 どうも、生活費に使った覚えもないのに、事業用の現金が少ないんだよねえ→もう消耗品費で計上しとけ。これもレシートなんぞ要らん。
 証拠は、「その日の残高が一致した。」俺のジュース代が嘘なら、この減った現金はどこへいったんだ?
 勘違いされがちだが、税務署は、原始記録(領収証)がないだけで、経費を否認することはできない。特に、複式簿記で残高を確認されている場合は。
 なお、インボイス制度開始に伴い、原始記録保存義務が発生したが、一万円以下は、対象外である(令和11年まで)。
⑸ カード決済
 正しくは、カードで支払ったとき、相手勘定に借入金を立てて、その塊がこの日に落ちるという経理をする。会計ソフトによっては、これを自動で行うものもある。
 ただし、初心者は、前編で説明した形の方が覚えやすい。
預金出納帳の時、カード払い58,520円について、①新幹線27,500円②自宅CATV9,800円③生命保険11,000円④キャッシング10,000円⑤同手数料220円(合計58,220円)に分解して計上している。
 ①新幹線代は、得意先負担なら、立替金で上げておくと得する。
 ②と③は、生活費だから「事業主貸」になるね。
 ④は、まだどこにもフローしていないから現金(ストック)。
 ⑤は、こんなものはどっちとも言えないから、事業経費で良い。
 最後に、その日の預金残高が一致するか確認すれば、記帳漏れは無し。
⑹ 電子決済
 これからはこれがややこしいことになるだろうが、逆に現金払いの明細を取り寄せることできるので楽だ。預金出納帳のカード決済と同じように考えれば良い。
 60,000円の事業用現金を引き出し、10,000を電子マネーにしたとする。
 現金で払った経費が44,000円あって、電子マネーでの支払いが8,000円だったら。現金残高16,000円と電子マネー残高2,000円で、現金出納帳残高が、18,000円だったらOKということになる。
⑺ 現金不一致の問題
 前編では、とりあえず事業主貸を使って合わせておけば良いと説明したが、現金が極端に少ない時は、大きな経費の計上漏れがあるかもしれないから、注意が必要だ。それから、立替金は、基本的に0になっていることが重要だ。現金が妙に多い時は、立替金を回収している可能性がある。

5 Phase3 決算を理解する
 忘れかけていたが、もう少し、事業規模の高い人のために、決算についても話しておく。
 決算の要諦は、①残高照合:預金残高・現金残高・立替金・借入金の残高を照合(支払利息の計上)②未収・未払取引の調整③減価償却④棚卸⑤自宅兼事業所の事業所経費の計上などが続くが、正直、個別にネットで調べて勉強する必要がある。
 フリーランスレベルでは、①はしっかりしてほしい。
 ②未収売上:25日締め翌1月10日払いの報酬は、今年の売上に計上が必要(相手勘定は未収売上)なので注意を。

 最後に、「家内労働者特例」について、特定の取引先から収入を得ているだけのフリーランスは、最低経費55万円が認められる。これだけ、預金通帳やら現金出納帳から経費をかき集めてもそれに満たない場合は、その差額を経費に計上できる。この時の仕訳は、
経費:家内労働特例/ストック:「事業主借」となる(会計ソフトでは、「振替仕訳」という画面に入力する)。
 この形、つまり複式簿記で計上したら、これを差し引いた所得からさらに65万円控除してもらえる。

 以上、前後編完読ありがとうございます。私もようやくこの思いを打ち明けられてスッキリしています。

アメリ世界遺産:statue of liberty(自由の女神

 自由の女神のモデルは、ドラクロア作「民衆を導く自由の女神」で、当該画中では、女神はフランス国旗🇫🇷トリコロールを掲げているが、彫刻の女神は「希望」を表すたいまつ(トーチ)を掲げている。
 韓非子・外儲説左上に「燭(しょく)を挙げよ」という故事があり、「挙燭」という成語にもなっているエピソードが有る。
 内容としては、外交文書の作成中に起こった些細な勘違いで加筆された「挙燭」という言葉が、受け取った国のその後の運命を大きく変えたというもの。
 しかし、私はこの原稿で引用を考えるまで「挙燭」は燭(台:明かり)を挙げよという意味なので、受け取った国で反乱が起きたと覚えていた。実際には「有能な人材を登用せよ。」という意味に誤解され、たいそう国が発展したそうだ。
 まあ、韓非子の示すところは、些細な行動が大きく世を変えることが有るという2000年前のバタフライエフェクトを示したものだから、出来事は重要ではない。
 

 開業者や記帳初心者があまりの重税に怒り、希望のトーチを掲げて左手に貸借対照表を持って、税務署を訪れ、65万円控除適用者が、前年比110%ともなろうものなら、日本経済界にかなりの衝撃が走るだろう。上手くいけば、また、経済大国と呼ばれるようになるかもしれない。願わくは、その世界は、モーレツ社員やパワハラサービス残業が跋扈するくだらない昭和の経済大国とは全く違うものであることを望む。