説難

アルカディアにも税は有り

1 税制は経済政策の3本目の柱である

 経済政策は、ご存じのとおり、金融政策と財政政策にの二つに分かれる。

 税制は、この内財政政策の一つと位置付けられているが、私は以前からこれは間違いだと確信している。

 税制は、金融政策や公共投資補助金の分配を含めた財政政策と比較しても、その影響力が甚大である。

 財政政策とは別個の政策として論議するべきである。

 例えば、消費税の税率を2%3%引き上げることと、公共事業をどう展開しようと、国民の関心事は雲泥の差が有る。今回のコロナ騒ぎで、空前の財政支出が行われているが、「消費税を5%に戻す。」と言ってしまった方が、乾坤(天地)が逆転する大騒ぎになっていただろう。

 国民の意識を劇的に変化させ、ドラスティックな改革を行いたいのであれば、金利を下げるよりも、お札をバカほど刷るよりも、税制を操作することである。

 ただし、今回のコロナ騒動については、現状の形で良い。それは、税制は、短期的政策としては向かないという欠点が有るからだ。税制に着手する場合は、少なくとも将来5年~10年の展望を建てた、長期的ストラテジーが確立されている必要が有る。

 税金は主権者から財を徴収するという極めて高度な政治的問題である。「租税法定主義」=国民がそれを認めたもののみが税、という原則が有り、税政は多くの国民の合意の上に行われなければならない。当然ながらその運用は柔軟性を欠く。しかも、苦労して法案が通っても、その効果の波及は他の政策に比べ、至って遅い。しかし、それでも、一度法整備が成され、法が施行されたら、その影響力は絶大だ。

 なので、政治家が一生懸命、税制の話をしている時は、近視眼で話しているのか、深慮遠謀将来5~10年を見越して話しているのかを見極めたうえで、よく勉強して、選択をしてもらいたいものだ。

 

2 美しい課税

 「稼ぎに追いつく税は無い。」これは私の持論だ。

 稼ぎを超えて負担を強いる税金を含む公的負担は、貧乏人から無理やり資材を召上げていく江戸時代の代官のようなもので、美しくない。

 ⑴ 所得税

 所得税と言う税制は、一つの欠点を除いて、非常に美しい税法である。

 ひとつ面白い話をしよう。

 所得税法には、基礎控除38万円と言うのが有る。

 これは、憲法25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」に従い、生活に最低限必要な資金に税金をかけないという趣旨から成り立っているらしい。

 年間38万円で健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるか否かは別にして、収入も無いのに、あるいはわずかな収入の大半、場合によってはその収入を超える負担を強いる、国民年金・健康保険税・市民税の均等割り、すべて『恥を知れ!』と言いたくなるほど不細工だ。

 中でも、実費経費である交通費を課税対象にしている健康保険税の制度設計者は、アタオカだ。小学校に戻って、算数の勉強をやり直してほしいとまで思っている。

 そもそも、健康保険税は、「租税法定主義」の原則を無視して、ほとんど国民に判断を仰がず、がんがん負担を引き上げてきた。せっかく働き方改革とやらで、家庭の主婦たちが103万円の壁を越えて収入を上げているが、わずかにはみ出たその収入に健康保険が重くのしかかる。(だって交通費に課税するんだもん)。国民の皆さんは、消費税の数%を議論する前に、この、厚生労働省の怠慢をもっと糾弾すべきだ。

 

 その点、所得税は、歴史が古く、長い年月国民の関心を強く集め、数々の解釈が訴訟によって整備されてきた。ちょっと気に入らない分離課税という金持ち優遇の特別措置法さえ無くしてくれれば、本当によくできた法律だ。是非可愛がって欲しいものだ。

 所得税には、他の税には無い素晴らしいシステムが二つある。

 一つは申告納税制度。この件については、後日投稿する。

 今一つは、累進課税制度である。富裕層により厳しい税率をかけることによって、大衆の税負担を軽減するものだ。

 あまり知られていないが、所得税率が20%以上になる高所得納税者は全人口の20%に満たない。この20%が、所得税と言う国税項目の80%を負担している。

 それでも、絶妙なバランスの中、「稼ぎに追いつく税は無い。」と言っても、反論する人はいないだろう。

 それでもある時期、あまりにも、この税率が高すぎた時期が有った。

 最高税率65%。

 稼ぎの3分の2が持って行かれる世界。

 さすがに富裕層も「稼ぎに追いつく税は無い。」とは言っていられない。

 そこへ登場したのが消費税だ。

 

 ⑵ 消費税

 全条文70条足らず。シンプルにして、不足なし。美しい税法だ。

 その当時で最も近代的な思想を盛り込んで導入されるはずだったのだが、諸外国で活用段階に入っていた商業取引のガラス張り化(インボイス)を畏れた勢力によって、その重要性を理解していない国民が扇動されて、骨抜きの税法になってしまった。

 未だに、とかく、税率の引き上げを「社会福祉のために仕方が無い。」と発言している人が居るが、ちゃんチャラおかしい。お札に色は付けられない。

 消費税には、巷では全く話題にされない強烈な政策能力が隠されているが、そのうちの1つが、「直間比率」の是正である。

 これは、あまりに税率が高すぎる高額納税者が勤労意欲を失ったり、海外に移転することを回避するために、直接税と間接税のバランスを見直すものである。

 従って、消費税の引き上げは、常に所得税の減税とセットで行われる。

 消費税導入前には、大幅な所得税減税が有ったし、橋本内閣により1997年(平成9年)4月に5%に引き上げられた時も、先行して、定額減税と言う所得税減税措置が行われている。そして、平成18年、更なる消費税率の引き上げに備えて、税率の構造を変化させる。参考:所得税の税率の推移(イメージ図) : 財務省

 ところが、消費税と言うものの本当の役割を知らない人達を扇動する五蠢のせいで、この鉄則が破られた。直税の減税だけが先行し、一向に消費税率の引き上げがされなかったのだ。

 財政のひっ迫に耐えかねて、富裕層への直税の増税が決まったころへ、アベノミクスで景気が回復。この機に乗じて消費税率も上げるという。全然直間比率の是正に見えないイミプーの改正になってしまった。

 前述の参考に有るように、結果的には、所得税の減税は成り、消費税(間接税)への移転は成功しているのだが、タイミングやらなんやらがぐちゃぐちゃで、誰もそれに気づいていない。

 それで、消費税は社会福祉の負担が増加したから率が上がったんだと言う事にされた。この論理ではいずれ「稼ぎに追いつく税は無い。」の原則を破る可能性を秘めており、美しくない課税を始める言い訳になる。鉄則を忘れてはならない。

 

 ただ、今回の改正で、消費税はようやくもう一つの重要な政策能力、商業取引のガラス張り化に向けて一歩前進した。

 消費税を含むいわゆる付加価値税若しくは一般間接税と言われる制度には、本来「インボイス」と呼ばれる全取引書類主義という性格が有る。これが、事業活動をガラス張りにし、税務調査を容易にすると言われている。軽減税率が導入され、この「インボイス」が必然性を増すことが期待されている。

 また、軽減税率品目の選定、所得税とバランスをとりながらの税率操作などにより、金利がどうのとか、公共事業がどうの等とは比べ物にならない経済操作が容易になる。

 そういうことで、消費税に文句を言っている人は勉強が足りない人だと思って、そういう人の話はあまり鵜呑みにしないようにしてほしい。

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ニコラ・プッサンアルカディアの羊飼いたち(我アルカディアにもあり)」

 アルカディアと言うのは、ギリシャ神話に出てくる平和で牧歌的な理想郷のことである。この絵の真ん中に有るのは、墓標で、「我アルカディアにもあり」と刻まれている。その意味するところは、「理想郷にも死は存在する。」という意味である。

 全く関係ないのだが、とある接待を伴う飲食店で、この名前の店があり、支払明細にサービス税が含まれていたのが面白かったので、引用してしてしまった。

 平和も、安寧や安泰も無償のものではない。理想郷にも死が有るように、税もまたそれを支える基盤として存在しなければならない。

 だから、その課税は美しいものであって欲しいと思うし、皆が勉強してそうなるように維持監督してもらいたいと願う。